第20章 戦闘開始(5)
ウィンストン・グレンフォードの葬儀は、その死から5日後、一族所有の都市《ウィンストン》にて、大々的に執り行われた。
《ウィンストン》は《首都》の南東下部に隣接し、その歴史は三十数年と、現存する地下都市の中でもっとも新しい。《メガロポリス》における連邦都市群の中で、個人が創設した唯一の自治都市であり、地上時代の旧国家が、それぞれの自治体制を反映させて建設した他の衛星都市とは趣を異にしている。
都市の建設。
それは、費用の面からも統治の面からも、一国家の財政力と自治力、権威をもって、ようやく可能となる大事業である。創設にあたり、クリアしなければならない厳しい条件も多数提示されるため、《メガロポリス》四百有余年の歴史の中で、一個人が手がけた例はただの一度もない。ウィンストン・グレンフォードとは、その偉業を《メガロポリス》史上初めて、しかも最短の期間でやってのけた、ただひとりの男でもあった。
それゆえ、弔問に訪れた参列者の顔ぶれとその数は、過去に類を見ない最大規模のものとなった。
各界の重鎮たちが一堂に会した大葬礼は、《メガロポリス》における人々の最大の関心事として注目と話題を集めた。
世界の帝王と呼ばれる男に相応しい、華麗なる葬送。
社員やその家族をはじめとする一般群衆が、聖堂に向かうメイン・ストリートの両側を数百万と埋めつくす。その中を、ウィンストン・グレンフォードの遺体を収めた棺を運ぶ黒塗りのリムジンが厳かに進んだ。そして、偉大なる血統を受け継ぐ一門を乗せた数十台の車が、粛々とそのあとにつづく。
世界有数の建築美を誇り、芸術の最高域を極めたとも謳われるシャノア大聖堂。
正面入り口に車が到着すると、棺は安置所となる『光の間』へと運ばれていく。その周囲を、グレンフォード家の14人の子供たちが守護するように囲んだ。
長女マグダレーナ、長男バーナード・ジェフリー、次男カルロス、三男アルフォンソ、次女アリス・フェリシア、四男フランソワ・オットー、三女イリーナ、五男ユーシス、四女サビーネ、五女マリア・クリステン、六女アメリア・ルートヴィカ、七女ナターシャ、八女オリガ。
グレンフォード財閥の支柱とも言うべき錚々たる顔ぶれが、それぞれの立場と序列に見合った位置に並び、亡き父に敬意を表す。その兄弟たちの最上位者として先頭に立った人物こそ、次期総裁とウィンストンじきじきの指名を受けながら、今日まで就任を先送りにしてきた末弟、アドルフであった。
世界の注目は、長い沈黙を破り、ついに公の場に姿を現した噂の人物に、必然として集まった。
父ウィンストンの葬儀において、本来、兄弟の末席に連なるべき立場にある末子アドルフが筆頭に立つ。その意味するところは、ただひとつであった。
中継によって世界中に流れる映像は、史上類を見ない大葬礼を報じるあいだ、終始、このアドルフ・グレンフォードに焦点が置かれつづけた。
これほどの熱狂をもって世界中の好奇に晒される重圧は計り知れない。だが、厳粛かつ敬虔な態度で式に臨む姿は、凛然たる雰囲気を纏って好奇の視線を見事に撥ねつけていた。
その映像に、静謐な眼差しを向ける人物があった。ビスクドールめいた無表情の中で、唯一、ロイヤル・ブルーの瞳だけが昏い深淵を映す。そこに、空漠たる晦冥がひろがっていた。
内務省地上保安維持局長主席秘書官、フィリス・マリン。
局長専用執務室で、彼は、モニターの映す画像にいつまでも見入っていた。




