第19章 永遠(とわ)の祈り(4)
ビッグ・サムとラムゼイの遺体は、ルシファーの命により、《セレスト・ブルー》の少年たちの手で鄭重に彼らの本拠地へと運ばれ、手当てを施されて空き室のベッドに寝かされた。
グループに戻って以降、シヴァは傷の手当てすら拒んで私室に引き籠もった。ルシファーの訪問にも反応を示さず、頑なに拒絶して会おうとさえしなかったのははじめてのことだった。だが、ルシファーもまた、余計なことはなにも言わず、ビッグ・サムが戻った旨のみ、かたく閉ざされた扉越しに伝えるにとどまった。返答は、なかった。
その深更。
シヴァは、人目を避けるようにひそやかに自室を抜け出した。向かったその先にあるのが、残酷な静謐でしかないことは承知していた。それでも彼は、痛む足を引きずり、暗い廊下を歩きつづけた。
その足が、やがてある一室のまえで止まった。
ゆっくりとした歩調で室内に足を踏み入れた青年は、古びたパイプベッドに近づく。生気に乏しい、虚ろな瞳が、目の前に横たわる男を見下ろした。
浄福なる終焉。
苦しくなかったはずはない。それなのに、なぜ、その死に顔は充たされ、幸福そうですらあるのか──
男を瞶めるプルシャン・ブルーの双眸が、かすかに揺らいだ。
有能な男だった。自分にさえ出逢わなければ、こんなところで、こんなふうに野垂れ死にするようなこともなかったはずだった。
《メガロポリス》で、おそらくはその才能を充分に開花させ、成功と富と名声に彩られた、豊かな人生を歩んだに違いない。
自分にさえ出逢わなければ──否、自分さえ存在しなかったならば、彼にはそれが可能だった……。少なくとも、あの時点で死ぬことさえできていたなら、彼がこんなふうに、かわりに生命を落とすことなどなかったのだ。
いつもいつも、自分を護ることに必死だった。夢中で、すべてから自分を護ろうとしていた。
彼にそうさせた感情は、ただひとつ。罪の意識。
自分が苦しんだぶんだけ、彼もまたその心を裂かれ、凄絶なる苦しみを味わった。自分が陥った絶望のぶんだけ、彼もまた心の晦冥を這いずった。
互いの存在なしで生きることもかなわず、かといって、ともに生きるにはつらすぎた。
彼の存在が苦しくて、狂おしいまでに憎くて、そして──だれよりも大切だった。
彼を、激しく嫌悪する反面で、深く……、愛していた。
男女の情愛のそれとは異なる、切実なる想い。
肉親の情に恵まれなかった自分にとって、縋れる存在は、彼だけだった。唯一安心して心をさらけ出し、素の感情をぶつけることができたのは、彼だけだった。
孤独な魂に、たったひとり、救いの手を差し伸べた男。命懸けで、自分を護り抜いた男。
父のように、兄のように大切だった。本当の肉親以上に、愛していた……。
彼を、心から大切に想っていた───
血の繋がらない、この世でたったひとりの、最愛の家族。
そっと手を伸ばして、シヴァは冷たくなった蒼白い頬に触れた。
もう二度と、彼がその瞳に自分を映すことも、その口唇が自分の名を刻むこともないのだ。力強い腕が、自分を護ることも……。
忌まわしい過去によって、罪の意識に囚われつづけた、愚かで、憐れな男。
自分は、その心をそれと知って利用しつづけたのだ。そのくせ、その存在を激しく拒み、疎ましくさえ思っていた。
憎みながら束縛し、彼が自分から解放されて、自由を得ることを許すことができなかった。
彼を、喪ってしまうことが怖かった……。
『エリス様──』
冷たい口唇を指でなぞったとき、耳慣れた低い声が自分を呼んだ気がした。
シヴァは、永遠に聞こえてくることのない鼓動にじっと耳を澄ますかのように、男の胸に耳を押し当て、謐かに目を閉じた。




