第18章 敵襲(1)
事態は、闇にまぎれて唐突に展開した。
午前2時。
《セレスト・ブルー》では、ここ数日来の危機的状況をようやく脱し、グループ内の緊張がゆるみかけた、まさにその夜のことであった。
見張りの少年たちが、まず手はじめに血祭りに上げられた。
見張り役は、グループ内でも屈強で対応力のある明敏な者が、各ポイントに随時、複数割り当てられる。賊は、その堅固な防衛網を突破すると、一気にセレストが拠点とする建物内へとなだれこんだ。
取り巻きを従え、堂々と敵地への乱入を果たしたゾルフィンは、驚愕する少年たちをまえに、残忍極まりない笑みを浮かべた。そして、手にしていたものを、彼らに向かって無造作に投げつけた。
「挨拶がわりの、ほんのつまらない手土産だが、ま、受け取ってくれ」
足もとにゴロリと転がったものを注視した少年の口から悲鳴があがった。そこには、見張りに立っていたはずの仲間の生首が、カッと両眼を見開いて無惨な姿を晒していた。
少年たちのあいだに、瞬く間に動揺がひろがった。
パニックに陥るまで、さほどの時は要さなかった。
「そうら、ひとりも逃すな。殺して殺して殺しつくせ。ルシファーの首を奪った奴には、なんでも好きなものを褒美にやるぞ!」
その言葉を皮切りに、大虐殺は展開された。
勢いに乗じたゾルフィンの配下たちは、戦意を殺がれ、混乱して逃げ惑う少年たちを追いまわし、殺戮のかぎりを尽くした。
ウィリーで爆走するバイクの前輪が激突し、壁のあいだに頭蓋骨や背骨を挟まれて砕かれる者。発火剤を全身に浴びせられた直後に花火を投げつけられて火だるまと化し、絶叫を放ってのたうちまわる者。催涙スプレーで前後不覚となったところを首に縄をかけられ、2台のバイクで引きずりまわされる者。追いまわされ、数人に寄ってたかって撲殺される者。ナイフや射撃の的にされ、全身の肉を削がれ、あるいは蜂の巣にされる者。
叫喚、悲鳴、血飛沫が入り乱れ、追いつめられた者の絶望に満ちた断末魔があたりの空気を引き裂いた。
弱者をいたぶる殺戮者たちの手口は、残虐を極めた。
騒ぎに気づいてルシファーが病室を飛び出したときには、すでに相当数の被害が出ていた。
「ボス!」
真っ先に駆けつけてきた幹部のひとりから大体の事情を聴くと、ルシファーは、緊急の場合に備えて避難用に用意してあった退路を確保するよう命じて走り出した。
「ボスッ、そんな躰でどこに!? ゾルフィンは俺たちでなんとか阻止しますから、いまは逃げてくださいっ!」
「そんなことを言ってる場合か! いいからおまえは言われたとおりにしろっ」
追いかけてこようとする少年を叱責して、かまわずルシファーは階上へと向かった。途中、自分の許へ参集しようとしていた幹部たちとすれ違うたび、彼は矢継ぎ早に指示を与えた。
「北第2通路、東第5通路から先を閉鎖しろ」
「負傷者、戦闘不能者はただちに避難路へ退避」
「ジェイド、ウェイ両名はB1南ホールで迎撃。ガイル、おまえは子飼いを使って奴らをできるだけまとめてそっちへ追いこめ」
「ロルカ、武器庫から軽機銃20挺補充。分配後、半分はエントランス・ホールへ、残りは西回廊のミウたちの援護に向かわせろ。トラップを仕掛けさせてる。ホール組はそのまま2階回廊に伏せて合図があるまで全員待機。それと、赤外線暗視装置付きのライフルを5挺用意して、ヒンクリーたちに渡せ。閉鎖してある東側のルートを使って外へ出た後、正面ビル上層階でそれぞれ配置につくよう伝えておけ」
命令を受けて、少年たちは次々に走り去っていく。途中、敵と遭遇したルシファーは、鋭く足払いをかけ、バランスを崩した相手の首筋に肘を叩きこんだ。短い接近戦の末、反撃の隙を与えるまもなく敵を仕留めると、丸腰だった彼は、その武器を奪ってふたたび走り出した。数日前に生命に関わる重傷を負ったばかりとは思えぬ敏捷さだった。
ボスの存在が、士気を殺がれ、逃げ惑っていた少年たちにたちまち戦意を甦らせていく。
軍を司る神の体現者。絶対無双の存在。《ルシファー》は、少年たちの心に不敗の信仰を浸透させる、ただひとりの偉大なる覇王その人だった。
大手企業の自社ビルであった古い建物は、地上47階地下3階建てという造りになっている。各所にエレベーター、非常階段が設けられているほか、地下2階からエントランスを中心に吹き抜けになっている地上5階までは、各フロアの中央と東側、西側の計3カ所にエスカレーターも設置されている。旧式の異物は、電力供給の問題を別にしても、すでに稼働不能の廃物であるため、通常、階段として利用されていた。地下3階の医務室から非常階段を使用して階上へ向かった彼は、エントランス・ホールへの最短経路である、そのB1中央エスカレーターに向かった。
「ボスッ!」
地下1階東側の前線で戦闘指揮を執っていたシヴァとデリンジャーが、その存在を認めてルシファーの許へ駆け寄ってくる。
「ふたりともご苦労だった。あとは俺が引き受ける」
「ですが、ボス……」
「大丈夫だシヴァ、そんな心配そうな顔すんな。それよりおまえは、ビッグ・サムに連絡をつけて援軍を要請しろ。北通路を閉鎖させてあるから、そっちへ誘導すればいい。それから、メイン・システムを守ってくれ。データ・バンクが狂れちまったら、ここまできて、すべてが水の泡だ」
いいな?と念を押され、シヴァは硬い表情で頷いた。
「それからデル、おまえは避難路へ向かえ。かなりの負傷者が出てる。手当てをしてやってくれ」
「いいわ」
神妙に頷いて踵を返しかけ、デリンジャーは、つと立ち止まってなにかを差し出した。
「鎮痛剤よ。つらかったら使って、半日は持つはずだから。それから、傷口が開くほどのムチャはしないで。ほんとだったら、まだ絶対安静の状態なんだから」
「OK、名医殿」
ルシファーは笑って片手を挙げた。刹那、背後で爆音が響く。ふたりは壁ぎわに身を伏せると、そのまま左右に別れて走り出した。
全神経を研ぎ澄まし、四方から攻撃してくる敵に反射的に対応しながら、ルシファーはエントランス・ホールを目指した。
短時間の奇襲のあとの退却を意図してか、ゾルフィンは配下のみを差し向けるだけで、みずからはいっこうに内部へ侵入してこようとはしない。海辺での出来事から考えて、近日中の襲来は当然予測していたが、奇襲をかけてくるタイミングに、ルシファーはなぜか奇妙なひっかかりを感じていた。
ゾルフィンが襲撃に選んだ日が、なぜ、自分たちに重傷を負わせたその日ではなく、6日後の今日だったのか。なぜ、今日でなければならなかったのか……。
目まぐるしく思考を巡らせつつ角を曲がろうとした瞬間、その向こうから人影がつっこんできて、ルシファーは咄嗟に後方へ飛び退いた。
そのまま床の上に叩きつけられた人物は、すでに絶息していたらしく、それっきりピクリとも動かない。それが配下の者ではないことを認めて、ルシファーは注意深く角の向こうを窺った。現れたのがルシファーであることに気づいた相手もまた、わずかに戦意をゆるめて不敵な笑みを浮かべた。
「なんだ、おたくか。悪い、新手が来たかと思った」
悠然と放言したその足もとには、すでに何人もの敵が転がっている。優れた戦闘能力と非常時にも平静心を失わないその胆力に、ルシファーは感嘆をおぼえて軽く目を瞠った。
「うちの連中も、あんたぐらい肝が据わっててくれると助かるんだがな」
「なぁに、たんにあたしがずぶとすぎるだけさ。ワイヤーなみに頑丈な毛が心臓に生えてるからね」
無造作に赤毛を束ねなおしてレオは笑った。
「それより、あんたこそ大丈夫なのかい? 走りまわれる躰じゃないだろ?」
「いや、心配してもらうほどじゃない。レオ、頼みがある。ここはもういいから、翼のところへ行ってやってくれ」
「わかった。後方のことは任せときな。あんたはなにも心配しなくていいからね」
怯懦とは無縁の、自信に満ちた力強い声でレオは請け合った。
「レオ、あんた、イイ女だな」
心からの称讃と敬意をこめてそう口にすると、レオはすれ違いざま、ルシファーの肩に軽く手を置いてニヤリと笑った。
「いまごろ気づいたのかい?」




