第16章 告白(5)
歴史的背景を踏まえ、ルシファーは資料でも読み上げるがごとく淡々と物語った。翼はその横顔に見入るように、じっと耳を傾けた。
「財閥創始者であり、総裁であったウィンストン・グレンフォードには、長いこと子供ができなかった。正妻とのあいだにはもちろん、数百といた妾たちとのあいだにさえ一子も。それが、ある時期を境に、奴の寵を受けた女たちは次々と身籠もりはじめた。最終的にグレンフォードの後継となる子供は7男8女、数年前に末子が死亡した関係で1名減ったが、それでも14名。いずれも眉目秀麗、一族の名に恥じぬ秀才ぞろいと噂に高い。ウィンストン・グレンフォードが総裁職を退いた現在、財閥は、すべて彼らが切り盛りしている」
話しながら、ルシファーは手にすくった砂を指のあいだから繰り返し零しては、その流れ落ちるさまを見つめた。翼には危険だと禁じた行為。彼はおそらく、これまで幾度となくこんなふうに、外の世界で独りの時間を過ごしてきたのだろう。
砂をすくっていた手が、不意に止まる。ルシファーは視線を上げると、思わせぶりな様子でサングラス越しに翼を見据えた。
「なにか、感じないか?」
問われた内容に、翼は緊張を濃くして慎重に口を開いた。
「――彼らグレンフォードの後継者たちが、遺伝操作をされている、と?」
「憶測じゃない。事実だ。だからそれに気づいた人間は、メイフェアの研究者たちも含め、悉くが抹殺されている。裏で手を引いているのは、秘密が公となることを惧れたグレンフォードの一族だ」
サングラスに隠れて、その表情は読み取ることができない。だが翼は、謐かな語り口調とは裏腹に、その心が慟哭している気がしてならなかった。
『ジル』
親代わりとなって彼を育てた学者は、死んだ息子のかわりに、彼をそう呼んで可愛がったという。しかし3年前、彼は、グレンフォードの目論見に気づいてしまったがゆえに抹殺された。送り主不明の文書の中に、『ジョン・カーティス』とその名が記されていた。
語られることのない過去が、その翳りの中で、悲しみと苦しみに、深く、濃く、彩りを添える。あるいはそれは、翼自身の裡から流れ出る感傷にすぎないのかもしれない。けれど、それでも彼が、父と慕った唯一の存在を奪われ、みずからもまた、死の危険に晒されつづけてきたことは違えようのない事実なのだ。
「俺のいた研究施設が創設されたのが49年前。そして、グレンフォードの長子マグダレーナは、今年47歳になるはずだ。ただの偶然と考えるならそれでもいい。だが、それなら研究所で実験体にされてきた者たちはどうなる?」
「ルシファー……」
「グレンフォードがなぜ、いまになってまた、デザイナー・チャイルドの研究に乗り出しはじめたかわかるか?」
「出生率の低さが関係してくる、ってことになるのかな」
「そうだ。継嗣の問題さえ解決すれば、事がまるくおさまるかといえばそうはならない。実際、子供の数に比して孫の人数を考えると、その数は決して多いと言いかねるのが現状だ。その孫たちですらも、DCである蓋然性が高い。この問題は、グレンフォードが存続していくかぎりにおいてつきまとう、厄介な、そして一族の命運をも握る秘中の秘事だ」
どこまでも淡然とした語り口調。だが、その内容はあまりに壮絶で、常軌を逸するものだった。
「これは、俺の憶測でしかないが、ウィンストン・グレンフォード自身が、おそらくDCの遺伝子を受け継ぐ者だったんだろう。だからこそ、奴には生殖能力が備わっていなかった。年齢から推測しても、奴の両親、もしくはそのどちらか一方がDCであった可能性は充分考えられる。禁止法が制定される、ギリギリのラインにひっかかる世代のはずだ」
「そう、だね。たしかに……」
84歳という彼の人物の年齢に思い至った翼に、ルシファーは頷いてみせた。
「ウィンストン・グレンフォードが、ごく平凡な人生を歩んでいたなら、事態はそのまま終熄の方向へ向かったのだろう。実際に、DCとその子孫の多くは、優秀な人材として社会に貢献しながらも、平穏無事な生涯を送っている。だが奴は、その能力によって瞬く間に並ぶ者なき権力と名声を手に入れ、巨富を築き上げた。そして、それゆえにこそ、財閥の継承者たるべき世嗣を切望した。
奴に怖いものなどなにもない。法の規制など、握り潰すことは容易かった。その結果、奴は愛すべき子供たちを手に入れた」
陽は、いつのまにか大きく西に傾き、空と海とを鮮やかな朱に染め上げつつあった。刺すようなきつい陽差しの中に、やわらかな色合いが加わり、優しい輝きを放つ。取り巻く空気が次第に冷え、海から吹いていた風も、いつしかその方角を変えていた。
上空には、白い翼をひろげて舞う鳥の姿があった。
「――もう、いまから4年近く前の話になる」
短い沈黙の末、ルシファーは低い声で語りはじめた。




