第15章 もたらされた機密(1)
爆音を響かせ、十数台のバイクが複雑に入り組んだ細い路地を疾駆していた。その後方、数百メートルを隔てて、さらにそれに倍する集団が威嚇するような咆哮をあげて眼前の小集団に追い縋る。
激しい銃弾の応酬に加え、建物や路地裏にひそんだ敵からの攻撃なども相次ぎ、負傷者、落命者はあとを絶たなかった。相手の放った手榴弾の直撃をこうむり、爆死する者もあれば、あらかじめ仕組んであったトラップの犠牲となる者もあった。
銃声、爆音、悲鳴、叫喚が入り乱れる中、鮮血に染まった肉塊や内臓、脳漿などがその都度乱舞し、壁面や路上に叩きつけられる。彼らの通りすぎたあとには、血みどろの凄惨な地獄絵巻が展開された。
「ボス、まもなく第5ブロックです」
先頭集団を走る少年のひとりが、発信機の組みこまれた通信装置のマイク越しに告げる。返答は、イヤホンを通じて即座に返ってきた。
『よし、速度を上げてそのまま直進。港湾北第6ブロックF地点まで一気に突っ切れ』
「了解」
通話終了後、報告を受けた側のルシファーは、床に置いた小型端末を凝視した。
コンクリートの上に片膝を立ててじかに座りこんでいた彼は、浮かび上がらせた市街図上に明滅する、赤と緑の2点及び白の光点の位置を確認する。そして、キーボードにすばやく指を踊らせると、第一段階の作業を済ませて銃を片手に立ち上がった。
ガラスの抜け落ちた枠のみの窓際。その下枠にみずからの肘を固定したルシファーは、構えた姿勢からスコープを覗きこんだ。照準を定めるため、一点を注視する目がわずかに細められる。引き金にかけた指に、ゆっくりと力がこめられていった。と、不意に、その銃口が上方へと向きを変えた。中空に向かって、数発の弾が無造作に放たれる。直後、ふたたびもとの位置で照準を合わせなおした腕利きのスナイパーは、当初の標的にあらためて狙いをすますと悠然と引き金を引いた。
数瞬の間を置いて、かすかな爆音が耳に届く。肉眼では、眼下にひろがる建物のあいだ、遙か遠方で、黒い煙が上がったのが確認できたのみである。ただし、その黒煙の下では、後続集団の数十という生命が一瞬にして消し飛んでいた。
「いい腕だ。素人にしておくのが惜しいな。うちの部隊に勧誘したいくらいだ」
振り返ると、戸口に軽く肘をついて佇む男がいた。イヤホン型の通信機をはずしたルシファーは、口許を歪めて軽く頭を振った。
「イカレた階級信奉者とひねくれた自殺志願者どもの仲間入りか? ぞっとしない話だ。ごめんだな」
辛辣な科白に、男は声もなく笑った。
「つれないねえ。もっとも、あんたの言うこた、8割方当たっちゃいるがね」
「残り2割は?」
「かぎりなく狂人に近い臆病者」
皮肉たっぷりに言って、男は口角を吊り上げた。ルシファーは無言で目線を落とすと、口の端を上げてクッと咽喉を鳴らした。
「4匹とも仕留めたのか?」
間を置かず、銃の解体をはじめた背中に向かって男が尋ねると、ルシファーは手際よく作業をつづけながら「いや」と言葉少なに答えた。男の眉が、驚いたように上がった。
「冗談だろ。しくじったようには見えなかったぜ?」
「馬鹿を言うな。この俺がしくじるわけがなかろう。全部始末したさ」
「じゃ、なんだって……」
「数が違う」
「かずぅ? 4匹じゃねえってんなら、いったい何匹殺ったってんだ?」
ルシファーは相変わらず男に背を向けて機材を片付けながら、右手を挙げるとヒラヒラと振ってみせた。
「冗談。あんたいま、5発しかぶっ放してねえじゃねえか。そのうちの1発を地上にお見舞いしといて、なんだって5人も殺れる?」
「射程範囲内に、うまくまとまっていやがったのさ」
一瞬絶句した男は、やがて天井に向かって大息を漏らした。
「こりゃほんとの化けモンだ。人間業じゃねえな」
「そっちこそ、なかなかの腕だと思うがな。階上に3匹、階下に4匹。きれいに掃除してくれたおかげで、俺も作業に集中できた」
「一応プロだからな。あんたの悪魔憑きじみた妙技に比べりゃ、屁でもねえよ」
男の言葉に、ルシファーは声もなく笑った。
「シューティング・テクニックなら、俺よりシヴァのほうが数段上だぞ」
「ほー、そいつは初耳。マイ・スイート・ハートにそんな物騒な特技があったとはね。なら、なんだってあいつに任せなかった?」
「おまえとふたりじゃ、危なっかしくてしょうがねえ」
「俺の生命がか?」
あくまで不真面目に応じる男を、ルシファーは顧みた。
「あいつにあまり、ちょっかいを出すな」
「嘴はつっこまねえんじゃなかったか?」
「諌止はまた別だ。有能な補佐の神経掻き乱されて、実務に支障をきたすようじゃ困る。ただでさえきつい立場にいるときに、これ以上追い打ちをかけるような真似はするな」
男は肩を竦めた。
「あんたの言う『きつい立場』ってな、どの意味でなんだろうな」
不審の眼差しを向けた相手の秀麗な相貌を、男は飄然と見返した。
「いま、あいつが精神的に追いつめられた状態にあることを指しているのか、それとも、仲間内から疑惑の目を向けられるような、微妙な状況にあることを指しているのか……」
「――俺が言ったのは少なくとも前者の意味でだが、疑惑云々の件については捨て置けねえな。――なにをこそこそと嗅ぎまわっている?」
「おいおい、そうおっかねえ顔すんなよ。別段、妙な心積もりがあるわけじゃねえって。ちょいと小耳に挟んだまでよ。俺の大事なハニーに、よからぬ噂がついてまわってるってな」
男の表情から真偽を読み取ったのか、ルシファーは眼光から鋭さを消した。
「くだらねえ戯れ言だ。おまえが関与するようなことじゃない」
「その言いかたから察するに、あんたも気づいちゃいたわけだ。で、あんた自身はそれについてどう思ってるんだ?」
「答える筋合いはないな」
「そうくると思った。だが、果たしてほんとにそれでいいのか? あいつの身に危険が及ぶようなら、俺は有無を言わさず、あいつをこっからひっさらって逃げるぜ?」
機材をすべて解体し終えたルシファーは、アタッシュケースの蓋を閉じると、男の顔をなんの感情の色も浮かばぬ瞳で見つめ返した。
「好きにするがいい。だが、おまえがそうまでする真意が、いまいち見えてこないな。少なくともおまえの場合、『家』のためにあいつに利用価値を見いだしてるわけじゃなさそうだが」
何気なさを装ったひと言に、男はあきらかにギクリとした様子を見せた。
「……おい、なんの話をしている? そりゃ、どういう意味だ」
「べつに。言葉どおりだが?」
ふっと口角を上げたルシファーは、男に向かってなにかを放った。
「返しておこう。狼が偶然拾ったそうだ」
「~~~~~っ!!」
受け取った物を目にした途端、男の口から声にならない呻きが漏れた。頭を抱えこむ男を、ルシファーは涼しげな眼差しで見守っていた。




