第11章 蠢く気配(1)
その建物は、上層階の一部が大きく損壊していた。
口を開けた部分が黒々と炭化して、噴き上げた炎の凄まじさを物語るように事故の生々しさをいまなお鮮明に残していた。
大写しになった画面を背景に、女性アナウンサーが平淡な調子で原稿を読みつづける。直後に切り替わった画面に、ふたりの人物の顔写真が、実名と年齢入りで映し出された。
似たような場面を、翼はつい3週間前にも見たことがあった。彼はそのときのように取り乱すこともなく、ただじっと、くい入るように映像に見入っていた。派手に騒ぎ立てることはしなかった。けれど、混乱と驚愕は、むしろ今回のほうが大きかったかもしれない。
それは、ホテル爆破炎上事件発生後、生存が絶望視されながらも、これまで行方、安否ともに不明とされてきた2名の宿泊客――すなわち、新見翼及びレオナ・イグレシアス両名の訃報を大々的に伝えるニュースであった。
なぜ――
強い疑念とともに、翼の脳裡にひとりの人物が浮かび上がった。
翼たちの生存と消息を、間違いなく把握しているであろう人物。そしておそらくは、『死亡』というかたちの情報操作を裏で行っただろう人物。
彼の思惑が、翼には理解できない。
《旧世界》の保安維持という、本来の公的職務以外のなにかがその行動からは感じられる。
軍の投入、虚偽の報道、悪意ある情報操作。
スラムで生活する者の多くは、たしかに多少の差こそあれ、犯罪に手を染め、法による裁きが求められる者たちが集まっている。しかし、正当なる権利の下、然るべき手順を踏んで公正に裁かれ、実刑が言い渡されるといった『正義』は、公の機関が介入しているにもかかわらず、見事なまでに排されていた。
少年たちに突きつけられた現実は、暗殺を生業とする職業軍人との、文字どおり生命を懸けた攻防だった。
虚偽の報道に接したとき、ルシファーは冷笑を浮かべたのみで、殊更コメントを添えることはなかった。彼にとって、このような展開は、すでに予測の範囲内だったのだろう。だが、情報が不足し、なにひとつ把握できない状況に置かれたままの翼は、深まる謎に当惑をおぼえるばかりだった。
スラム、ルシファー、虚偽の訃報、メイフェア生化学研究所、グレンフォード財閥、シヴァ、ビッグ・サム、公安特殊部隊、内務省、アドルフ・シュナウザー。
気になる単語を手書きでメモ用紙に書きつけながら、翼はそれぞれの中になんらかの関連性を見いだそうと思案を巡らせる。そして、最後の単語をマルで何重にも囲んだ。
――アドルフ・シュナウザー……。
彼が、すべてを握るキーパーソンなのだろうか。
自分の知る人物と、次々に起こる出来事とをうまく結びつけることができない。だが、自分たちの死亡を公表するという手段を取った以上、彼は、現時点で自分たちの存在を不要と見做し、切り捨てたと考えて間違いないだろう。
だとすれば、その境界は、どのような基準によってどこで引かれたのか。
そもそも、これは、なんのための戦いなのだろう――
堆く積まれたジグソーパズルのピースがすべておさまるべき場所へおさまったとき、そこに浮かび上がる模様は、果たしてなにを描き出しているのか。
翼には、現段階では予測すらつかなかった。




