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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第9章 造反部隊との協定(6)

 ザイアッドは顔を蹙めて、錆びた鉄の味のひろがる口からペッと朱く染まった唾を吐き出した。


「すんげえ、きっつい美人。さすがにちょい効いたぜ」

「いまのはおまえが悪い。俺の忠告を無視して、わざと挑発なんかしてみせるからだ。少しばかり浅慮だったな」

「あんたに言われたかねえよ。ひとの話もろくすっぽ聞かねえうちから、一方的にさっさと話打ち切ろうとしやがったくせに」

「結論については、まだなにも言ってなかったと思うが?」

「顔にしっかり書いてあったんだよ。『話になんねえな』ってよ」

「実際そのとおりだろう? そんなれ言、まともに聞いたところでなんになる」

「なにもクソもねえよ。こっちははじめっからそのつもりで乗りこんできてるってのに」


 男の言葉に、金髪の覇王は興味を持ちなおしたように片眉を上げ、無言で先を促した。


「造反の話は冗談抜きで本気の打診だ。軍とは手を切る。だから退却命令も無視した」

「それがスラムの内部に侵入するための作戦でないと、なぜ言える?」

「証拠を見せろと言われても、そりゃ困るけどな。だったらいっそのこと、監禁でも拷問でも好きにしてみるか? 叩かれて出るホコリなんざ、こっちにはまったくねえよ。潔白も潔白、キレーなもんだ。ま、信用しろってほうが無理なのは、先刻承知だけどな」

「軍曹ォ……」


 ルシファーは、表情の読み取れぬ顔で静かに男を視つめていた。


「――理由はなんだ?」

「理由? 俺があんたと手を組みたがる理由か? それとも味方を裏切る理由のことか?」

「そのどちらも」

「んなこたあ簡単だ。ついさっきまでは、小僧どものアタマってなあ、ちょっとばっか悪知恵の働く小利口なクソガキだと思ってたが、実際会ってみたら、そうとばかりも言えねえ、なかなか見どころのある奴だってことがわかって気に入った。ま、ただのクソバカだったとしても、手を組む相手を変えて居座るつもりだったけどな。とりあえず、それがひとつめの理由だ」


 性懲しょうこりもなくザイアッドは飄然ひょうぜんうそぶいてみせる。しょうのない奴だと苦笑しつつ、ルシファーは先をつづけさせた。


「でもって寝返るわけは、正直にこう言やあ納得するか? 俺は今回の俺たちの雇い主がどおーっしても気にくわねえ。あんなヤローに手を貸すなんざ、まっぴらごめんなんだよ」

「たかが公僕風情(ふぜい)。飼い犬の分際で雇い主云々(うんぬん)をえり好みする自体間違ってないか?」

「んなこた、わかってるよ」


 ルシファーの指摘を、ザイアッドはあっさり受け容れた。


「あんたの言うとおり、所詮俺は組織のいぬだ。上層部うえの下した決定や命令には絶対服従が当然で、個人の見解を挟む余地なぞあるわけもねえ。余計なことはなにも考えず、ただ下命どおりに任務こなして相応のカネが稼げりゃそこそこ満足だった。仕事の依頼主にしたって、興味もなけりゃ、それこそどうだっていいことだ。考えるだけ無駄だからな。

 だが、今回ばっかは、ちと話が違う。俺はあのヤロウが昔から死ぬほど嫌いでよ。奴に味方するくらいなら、敵と手を組むか、いっそ悪魔と契約でも結んだほうが遙かにマシってもんだ」

「それで?」

「ついでに言わせてもらえりゃ、俺はそこの、性格にチラッとばっか問題がありそうな最高級の別嬪も気に入った。だから、こっちサイドに荷担する気になった。ま、ひらたく言や、そんなとこだな」


 言いたいことをすべて言いきって、男はようやく口を閉じた。男の言葉にじっと耳を傾けていたルシファーは、しばし黙考した後に不意に言った。


「シュナウザーの属す世界が、そんなに嫌いか?」


 ザイアッドは一瞬息を呑み、やがて口角を吊り上げた。


「ああ、大っ嫌いだ。……あんた、つくづく油断がならねえな。俺はいま、雇い主一個人に焦点を当ててそいつを誹謗したんだぜ?」

「おなじことだろう」

「まあ、な。で、結局、あんたの意見はどうなんだ?」

「さて、どう決断したものか」

「超お買い得だと思うぜ。俺たちはプロだし、軍内部の事情にも精通してる。ついでにいろんな情報も持ってる。たとえば――」


 そこでいったん口を噤んで、男はその傍らに控える青年に視線を移した。


「部隊が狙ってるターゲットは、そこの美人ひとりだけだとかな」


 男の視線を避けるように逸らされていたプルシャン・ブルーの双眸がかすかに瞠かれ、プラチナ・ブロンドが揺れた。


「必ず生け捕りにするよう厳命されてるのは、ルシファー、あんたじゃなくその副官さ。もっとも、あんたもなるたけなら生かしたまま捕らえるよう言い渡されてはいるがな。その次に生命の保証が少しばかりされてるのが、あとほかに何人か。この場にはいないようだが、ごつい黒人がひとりと、あとは妙に毛色の変わった素人臭いのが1匹。ま、その辺か。結局そいつらにしたって、運がよければ殺されずに済むって程度のもんでしかねえがな」


 床に転がった状態のまま、器用に肩を竦めた男は、


「でもって、ついでにもひとつ」


 思わせぶりに付け加えて、語りかける相手をさりげなく変えた。


「そこのあんた、そうだ、ハニーの後ろにいるビッグ・サムとかいう兄さん、あんたは問答無用。見つけ次第、即始末ってことになってるぜ」


 今度こそはっきりと、シヴァの顔色が変わってザイアッドにその目が向けられた。その視線を受け止めたまま、男はルシファーに向けて決断を迫った。


「さあ、陛下、どうします?」


 返答は、すぐになかった。

 部屋の中に、永い永い沈黙が訪れる。だれひとり、声もたてず、身じろぎひとつせず、ボスの出す結論を待った。


 やがて、永遠とも思われる静寂が過ぎた後、ルシファーはついに息をついて英断を下した。


「いいだろう、カシム・ザイアッド。おまえと手を組もう」


 やった!と男が部下を顧みる。


「ボスッ」

「俺が決めたことだ。否やはねえぞ。黙って従え」


 異議の色濃く不服の声をあげた美貌の青年を強く制すと、ルシファーはザイアッドに言葉を継いだ。


「ザイアッド、だからといって、俺がおまえを信用したわけじゃねえってことは、しっかり肝に銘じておけ」

「そんなこたあモトより承知。ま、仲良くやろうぜ、同志」


 磊落らいらくすぎる挨拶が男の返答だった。

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