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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第9章 造反部隊との協定(5)

 気配が、次第に剣呑なものへと深まってゆく。


 途中から目隠しをされ、いくつもの角を曲がって階段を上り下りしたため、方向感覚はすでにない。したがって、自分がどこをどう歩いているのか、男には皆目かいもく見当もつかなかった。とはいえ、研ぎ澄ました感覚に神経を集中させれば、周囲の気配を感じとる程度のことは充分できた。


 ――こりゃまた、随分おっかねえとこだ。


 突き刺さるような視線と、その視線の数だけ存在する凄絶な殺意を全身で感じながら、ザイアッドは心中で呟いた。


 ――キムのヤロウ、まさかガキども相手に、本気で縮み上がってるなんてこたねえだろうな。


 自分のすぐ後ろを、やはりおなじように目隠し付きで歩かされているらしい部下のことを思って、男は愉快でない想像をたちまち頭の隅に追い払った。


「止まれ」


 無愛想な声と同時に、後ろ手に縛り上げられている腕を乱暴に引き戻された。

 ザイアッドは数歩よろめいて足を止める。いつのまにか、ある部屋のまえまで来ていたらしい。別の少年がドアをノックして声をかけた。内側なかから短いいらえがあり、二、三の応酬の末、目の前のドアが重たい音をたてて両側に開かれるのがわかった。


「ボス、ご命令どおり連れてきました」


 ザイアッドの腕を掴んでいた少年が、いくぶん緊張した声で報告する。


「ご苦労。目隠しをはずしてやれ」


 決して大きな声ではない。高圧的な響きもない。だが、それでも部屋の空気を一瞬にして張りつめさせるだけのなにかを持った、支配者のそれであることが、すぐに判る声音こわねだった。


 命令どおりにザイアッドから目隠しがはずされる。視界が明るくなると同時に背後から突き飛ばされ、男は重心を失って床の上に倒れこんだ。すぐ横で、ぶぎゃっと不細工な悲鳴をあげたのはキムだろう。

 ザイアッドは腹筋の力で上体を起こすと、まだ光に順応しない目をすがめつつ前方を見やった。幾度かの瞬きで、明るさが徐々に目に馴染んでくる。あたりの輪郭が次第にはっきりしてきたところで、男の視線は、ふと吸い寄せられるように1カ所に固定した。


 黄金の髪、青紫の瞳。

 あきらかに堅気ではないとひと目でわかる少年たちを周囲に従えて、悠然と中央の椅子に足を組んで座り、自分を見下ろしている人物。


「あ……」


 傲岸不遜を地でいくはずの男が、茫然と言葉を失って、竦んだように動けなくなった。

 男を見下ろしていた王の端麗な口許に、笑みが浮かぶ。如何にも満足げな笑いであった。


「貴様か、俺たちのシマで大暴れしやがった命知らずは」


 じきじきに声をかけられ、ガラにもなく緊張した男は、浅い呼吸を幾度か繰り返す。そして、ようやく平静を装うことに成功したところで、なんでもなさそうに応じた。


「それが仕事だからな」

「ふん、たいした仕事だ。どうやら首謀者はおまえのようだが、組織の命令を無視して個人プレーに走るのも仕事のうちか?」


 やんわりした語調で容赦なく切りこまれ、ザイアッドは不快げに口を歪めた。


「いい性格してるな、あんた。その調子でどこまで知ってることやら」

「さて、おまえほどではないと思うが」


 さらりとした口調でかわされ、男はムッとなって言い返そうと口を開いた。その背後で扉が開いた。


「ご苦労だった、シヴァ、ビッグ・サム」


 入室してきたふたりに、ボスが声をかけた。その傍に歩み寄るひとりに、男の視線が定まる。途端、薄い口唇くちびるの上に、たちのよくない笑みが閃いた。


「『シヴァ』ーア? おいおい、ハニー、おまえ、そんなオリエンタルな名だったか?」


 冷たい無表情をとおそうとする青年の肩が、ピクリとふるえた。青年を護るように背後に控えた大男が、険しい眼差しで無様な格好の捕虜を射貫く。


「ぐっ、軍曹ォ」


 恐れ知らずの上官の、あまりの無鉄砲ぶりに、キムが情けない声をあげた。


「――なにを知っている?」


 ボスの顔から、揶揄の色が消えた。


「さあてね、あんたほどじゃないとは思うぜ」


 小バカにしたように応えると、場の雰囲気が一転して殺気立ち、気の荒い数名がザイアッドに飛びかかろうとした。


「よせっ!」


 ボスの鋭い叱責が飛ぶ。まさに鶴のなんとやらで、獰猛な野獣を思わせる札付きの不良たちは、その一喝をもっておとなしく引き下がった。


「手を出すなと言っている。いいな?」


 睥睨へいげいされて、少年たちはたちどころに借りてきた猫よろしくかしこまり、小さくなった。



「さて」


 場をおさめると、ボスはあらためて虜囚たちに向きなおった。


「問題はおまえたちの処遇だが、一応希望だけは聞いてやるとしようか。この場にはいない、捕獲済みのほかの連中も含めて、おまえら自身はどうしてほしい?」


 13部隊の隊員は、すでに生存者全員が捕まっている。いまの言葉で状況を理解した男の口許に、みるみる皮肉な笑みがひろがっていった。その口が、ゆっくりと開いた。 


「そうだな。ま、こうしてわざわざ乗りこんできたからには、それなりに希望も要求もあるんだが、そのまえに――」


 思わせぶりに言葉を切って咳払いをすると、ザイアッドはそこで表情を引き締めて相手を睨み据えた。


「さっきから黙って聞いてりゃあ『おまえ』『おまえ』って偉そうに。いったい何様のつもりだってんだ! 俺にゃカシム・ザイアッドって立派な名前があるんだよっ。とお以上も年の離れたケツの青いクソジャリに、『おまえ』呼ばわりされるおぼえはねえっ!」

「ぐっ、軍曹ォォォッ!!」


 声色まで蒼白になりながら、キムが失神しそうな悲鳴をあげた。

 宇宙一プライドが高いと自負する彼の上官は、部下の必死の愁訴になどいっさい耳を貸さず、昂然と胸を張っている。突然思いもよらぬ反撃を受けた当の金髪の覇王のほうはといえば、その麗容を一瞬キョトンとさせ、つづいて愉快そうに笑い出した。


「そいつは悪かったな。たしかに俺のほうが礼を欠いていた。わかった、カシム・ザイアッド軍曹だな。俺はルシファー、《セレスト・ブルー》のルシファーだ」


 ルシファーはあらためて自己紹介をすると、なおも可笑しそうに、しばらくのあいだ肩を揺すっていた。ザイアッドは当然のようにふんぞりかえっていたが、驚いたのはむしろ、周りにいた少年たちのほうである。

 彼らは自分たちのボスがこんなにも寛容であることをいままで知らなかったし、それ以前に、神とも崇める尊い存在に向かって、こんな暴言を吐くことなど考えもしなかった。ボスに対して忌憚きたんなくつけつけとものを言うデリンジャーでさえ、こんな啖呵を切ったことは一度もなかったはずである。


 一歩間違えれば、この場の全員を敵にまわしてなぶり殺しにされてもおかしくない状況だったが、居合わせた者たちは皆、言った側と言われた側、双方の様子になんとなく毒気を抜かれ、口を挟むタイミングを逸してしまったようなところがあった。


「ルシファー、あんた少しは話がわかるようだから、そこを見込んで、ちょいとものは相談なんだがよ」

「なんだ? 聞くだけなら聞いてやるぞ」

「ついでにマジメに検討までしてもらえるとありがてえんだがよ、どうだ? 部隊長の俺をひっくるめて、公安特殊部隊13班、まとめて面倒見る気はねえか?」

「それは、所属部隊を捨てて、スラム側(こっち)に寝返るという意味か?」

「まんま、言葉どおりの意味だな」


 これには《セレスト・ブルー》のメンバー一同どころか、すぐわきで心配そうに上官を見守っていたキム・ビョルン伍長までが驚倒して目を剥いた。


「ぐっ、ぐぐぐっ、軍曹ォッ! 軍曹、軍曹っ、あんた、なに言ってんですか、なに言ってんですかっ、なに言ってんですかっっっ。きっ、気でもちがっちまったんですかい!? なにをトチ狂ってそんなこと……っ。頼むから落ち着いてくだせえっ。絶望してやけっぱちになるなんて、あんたらしくもねえ。そうだ、この程度の苦境で人生捨てるなんざ、ザイアッド軍曹とも思えねえっすよ。頼むからもういっぺんアタマァ冷やして、いつものビンビンに冴えまくったオレたちの軍曹に戻ってくださいって!」

「うーるっせえな、キム。てめえこそ、もちっと落ち着け。なに、時代劇の百姓みてえな口調になってんだよ。俺ァ正気も正気だし、まだ人生も捨ててねえよ。なんだってこんな脂ものりきって、食べごろ・熟れごろ・絶好調ってときに世を儚んでやけっぱちになんなきゃならねえんだ」

「そりゃそーっすけど、けど、だったらなんだって……」

「『ただいま売り出し中、お買い得』ってときに、テメエ売りこんでなにがワリィんだよ。相変わらずヌケたヤロウだな。いまさら軍戻って、ロイスダールのおっさんが泣いて喜んで再会のチュウでもしてくれっと思うか? ぶん殴られて、それぞれ独房放りこまれんのがオチだろが。でもって、軍法会議の末、実刑くらって軍籍廃されてハイさよーなら。あんまり利口なやり口じゃねえな。よう、そうは思わねえか?」

「そっ、そりゃそーかもしんねえっすけど、だからってなにも……」


「――猿芝居はその辺にしておくんだな」


 ふたりのあいだに冷めた声が割って入った。ザイアッドとキムは口を噤んだ。ふたりを見下ろすルシファーのに、先程までの鷹揚さはなかった。  


「……俺はサルじゃねえし、役者んなったおぼえもねえよ。――なんだあんた、俺を疑ってんのか?」

「おまえを信用したおぼえはない。豪胆なのも結構だがな、ザイアッド、よく周りを見てものを言え。おまえたちはいま、敵中にあって、その処遇について断を下されつつあるってことを自覚しておいたほうがよくはないか?」

「そこんとこは俺なりに、よーっくわきまえてるつもりだぜ? だからこうやって、親玉のあんたに交渉持ちかけてんじゃねえか。ふん縛られてる奴、そっくりかえって偉そうに見下ろしてるあんたにとやかく言われたかねえな。いや、所詮どこまでいったってクソガキどもの親玉。その程度のレベルだったってことかね」

「だったらなんだ?」

「シンパ従えて、いい気んなってらっしゃるお綺麗な王様相手に、ほんのわずかでも見込みありと期待した俺がバカだった。そういう結論でよろしいでしょうかね、っつってんだよ、お山の大将のルシファーさんよ。あんま調子っくれてんじゃねえぞ、クソガキがっ!」


 言い終わって口を噤むまもなく、ザイアッドはボスの傍らから歩み出た人物に容赦なく張り倒されていた。両手を縛られて自由が利かないうえ、身構える余裕もなかったため、男は飛んできた加減なしの平手打ちをもろに左頬にくらって床に叩きつけられた。


「ぐっ、軍曹っ!」

「おまえのその薄汚い口でそれ以上ボスをおとしめてみろ、殺してやる……っ!」


 感情を抑えきれない低い声が、床に転がる男を見下ろす処罰者の端麗な口唇の隙間から漏れた。なりゆきを見守っていた少年たちのあいだから、息を呑む気配が伝わってきた。


 ザイアッドはわずかに呻くと、耳鳴りのしている頭を軽く振って躰を起こし、蒼白の顔で握りしめた拳をふるわせながら自分を見下ろしている人物を見返した。


「シヴァ、もういい。さがってろ」


 背後から、従容しょうようとした制止の声がかかる。美貌の青年は口唇を噛みしめると、男に背を向け、敬慕けいぼする唯一絶対のボスの許へ戻っていった。

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