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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第1章 旅立ち(3)

 翼は、まもなく到着する迎えを待つため、搭乗チケットとおなじナンバーの出口から空港の外へ出た。


 建ち並ぶ白い近代的な建物に、塵ひとつない舗装された路面。等間隔に配置された街灯や街路樹。

 空港周辺は、思っていた以上にきちんと整備されていた。

 想像していたよりもずっと小ぎれいで、けれどもやはり、どこにも人の気配が感じられない、独特の異様さがあった。


 見上げれば、ドームで覆った天井が、怖いくらいにすぐそこにある。地下都市で見慣れたそれよりずっと低い位置に〈空〉の映像を映し出すその存在には、妙な圧迫感があった。


 ――ここが、地上……。


 なんともいえぬ気持ちでぼんやり頭上の〈空〉を見上げていた翼は、ふと奇妙な爆音を聞いた気がして視線を巡らせた。ほんの一瞬のことだった。


「イヤッホーウッ!!」


 どこか遠くに聞いたはずの爆音は、直後に青年を取り囲み、凄まじい騒乱の中へと巻きこんでいた。


 仰々(ぎょうぎょう)しく改造され、随所に猥雑わいざつな言葉が書きなぐられたおびただしい数の車やバイク。原色の服、派手な色に染められた頭髪や異様なメイク、入れ墨(タトゥー)。ジャラジャラと躰中のそこかしこで重たい金属音を立てる装飾品。


 突然現れたけばけばしい格好をした少年たちの集団は、目敏く翼を発見すると、立ち竦む彼の周りを数台のバイクでまわりはじめた。


 悪辣あくらつな笑みを浮かべた残忍な視線が、舐めるように翼を絡めとる。けたたましい爆音を響かせたバイク集団は、蛇行を繰り返しながら囲みを縮めると、前後左右、きわどい位置をなぶるようにすり抜け、怯える獲物に下卑た叫声を浴びせかけた。


 輪の中心で恐怖に居竦んだ翼は、祈るような気持ちで嵐が通りすぎるのを待つよりほかなかった。だが、そんな彼を、背後から伸びてきた1本の腕ががっちりと捕らえた。

 バイクを走らせるスピードにまかせて後方に勢いよく引っ張られ、翼は大きくよろけた。その躰を、屈強な体格をした少年がいとも軽々抱え上げる。そして、すぐわきに横付けにされていた仲間のオープンカーへと無造作に放りこんだ。


 構える余裕もないまま不自然な格好で頭から車の助手席につっこまれた翼の全身に、強い衝撃が奔った。どこをどうぶつけたのか、もはや冷静に判断することさえできなかったが、首筋から背中にかけてを強打し、左手首をどこかに叩きつけたことだけはたしかだった。

 激しい衝撃と痛みに息が詰まり、目が眩む。と同時に、身につけていたバングル型の小型通信機が左手首から弾け飛ぶ、はっきりとした感触だけが妙に生々しく残った。

 反射的に見開いた目の端に、宙に浮かんだホログラムが映る。それは、大きな弧を描くと、瞬く間に騒擾そうじょうの中へと消えていった。


 ――ジェニー……!


 失われた像に向かい、翼は咄嗟に手を伸ばした。だが、翼を乗せたオープンカーは、直後に悲鳴のような摩擦音を響かせ、急発進をした。天地が逆転した体勢のまま助手席に転がっていた青年は、一度強く背凭せもたれ側に叩きつけられると、その反動で今度は頭から座席下の床へと投げ出された。


 少年たちの集団が、すかさずあとにつづき、瞬く間に取り囲むようなかたちで併走をはじめる。彼らは口々に雄叫びを発し、耳障りなクラクションを鳴らして騒音を撒き散らしながら、驚異的なスピードで暴走をはじめた。その中心で、翼を乗せた車はわざと蛇行したり急に曲がったりとメチャクチャな走行を繰り返す。座席の下に転がったまま、車内のあちこちに躰を叩きつけられる青年には、上体を起こすどころか、掴まる場所を見つける余裕すら与えられなかった。


 空港の外へ、出るべきではなかったのだ。


 薄れゆく意識の底で、いまさらのように翼は後悔した。

 あまりにも閑散と、あたりが静寂に満たされていたため、つい危機感が希薄になっていた。自分がどこにいて、なにをしに来たのかという自覚が、足りなすぎた。


 ごめん、レオ……。


 スケジュールの都合で1日遅れるものの、今回の取材旅行では、カメラマンが1名、同行することになっていた。仕事の内容が内容なだけに、同行するカメラマンがなかなか見つからず、結局フリーで活躍している人物に頼ることになったという話であったが、ボディガードの意味合いもかねて社と契約したその相棒は、先行する自分にうるさいぐらいにこまごまとした注意を繰り返した。そのわけが、こんな事態になってはじめて納得できた。

 初日からいきなりスラム街に乗りこんで仕事をするわけではないのだから、1日くらいひとりでいてもどうということはない。そう軽く請け合って、あまり深刻に受け止めなかったのは自分だった。あんなに大見栄をきっておきながら、地上に来て、もののいくらも経たないうちにこの始末では、合わせる顔もないというものである。


 狭い車内で、どれだけあちこちに叩きつけられ、振りまわされたのかわからない。だが、翼の意識はいよいよ本格的に遠のき、すべての感覚が薄れはじめた。


 もうこれで、本当に終わりかもしれない。


 無念の思いとともに覚悟を決めたそのとき、すぐそばでなにかの爆発音が耳をつんざいた。

 暴走していたオープンカーが急停止する。車を運転していた少年が、興奮してなにかを喚き散らしながら足もとに転がっていた翼を引きずり上げ、乱暴な動作で抱えこんだ。そして、そのまま乗っていた車を乗り捨てると、翼を盾にとりながら物陰にすばやく身を隠した。


 ようやく少しずつ正気を取り戻した翼の目に、路上に転がって炎上するバイクや車の姿が飛びこんでくる。いずれも、たったいま自分が乗っていた車の周辺を併走していた車両ばかりだった。

 自分も危うく、その事故に巻きこまれるところだったのだ。はじめて理解が及んで、思わずぞっとした。


 気がつけば、あきらかに別の集団とわかる少年たちが現れて、眼前で激しい銃撃戦を繰り広げていた。翼はいつのまにか、大きなグループ同士の抗争に巻きこまれていたらしかった。

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