表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
35/202

第8章 軍の侵入(1)

 広々とした清潔な会議室を、場にそぐわぬ印象の、迷彩服を着込んだ人相の悪い男たちが埋めつくしていた。数にして、ざっと2、300名といったところか。


《公安特殊部隊》。


 それが、彼らの属する組織の名称であった。もっともらしい組織名ではあるが、実際にやっていることは、プロの暗殺者集団のそれとほぼおなじである。ただし、彼らの場合、各自治都市を取りまとめ、連邦制をかかげる《メガロポリス》という統一国家の行政機関に組みこまれた、反面、公にはその存在をまったく知られていない、国家機密レベルの『公僕』たちであった。



「以上が、諸君の今回の任務だ」


 部屋の前方中央、壇上の人物が凛とした声を張り上げた。中肉中背、グレイッシュ・ブラウンの頭髪にダーク・グレーの双眼をした40代半ばの男である。クライスト・ロイスダール大佐。周囲の空気を切り裂くような鋭い印象を持つこの男が、今回の地上派遣部隊の総指揮を任されている最高責任者である。


「皆、くれぐれも連中を、ただのストリート・キッズと甘く見てかかることのないように。奴らには、痕跡ひとつ残さずビルを大破させられるだけの知恵と技術がある。油断すれば、痛い目を見ることになるのは、我々のほうだということをしっかり念頭に入れておけ」


 ロイスダールは自若じじゃくたる態度で部下たちを見渡すと、各班の指揮系統及びその役割を表示したスクリーン画面を切り替えた。


「幹部クラスはできるだけ生かしておけとの指示が出ているが、ターゲットはあくまでひとり。いいか、最悪の場合、ほかは皆殺しにしてもかまわん。だが、ターゲットだけは決して殺すな。そして、できるだけ無傷の状態で生け捕りにするんだ。いいな、必ず生きたまま捕らえろ」


 切り替わった画面上に、ひとりの人物が映し出される。男たちのあいだから、かすかなどよめきが起こった。


「こいつはまた、えれー上玉だ」


 下品な口笛とともに呟いたのは、荒くれ者ぞろいの一団の中でも、ひときわガラの悪い集団の中心にいた人物であった。浅黒い肌に黒色の頭髪と瞳、引き締まった体躯。年齢は、20代後半くらいに見える。充分に整ったといえる精悍な貌立かおだちを、男は傲岸不遜の一字でメイクし、会議場の前列に座を構えて、両足を机の上に投げ出す格好で壇上の上官に対峙していた。


「上玉ったって、ありゃ男ですぜ、軍曹」


 男の声に、すぐ後ろの不精髭を生やした巨漢がすかさず茶々を入れた。男は腕を組んだまま、わずかに顔の角度を変えて、身を乗り出してきた巨漢を顧みた。


「そんなこたあハナから承知よ。だからどうだってんだ」

「だからどうって、女殺しで有名な軍曹の口から、そんなセリフ聞かされるたあ思いもしやせんでしたぜ。オラァどんなにコギレイでも、男だけは勘弁してもらいたいっすけどね」

「バカヤロウ、だからてめえはいつまでたってもロクなオンナひとり抱けねえんだよ、キム。ちったあ無い頭搾って想像してみろや。ぶっさいくなオンナが醜いツラさらに歪めて自分テメエの真下でヒイヒイよがってんのと、あの気位のやたら高そうな最高級の別嬪べっぴんが、屈辱と苦痛に耐えて懸命に歯ァくいしばってんのとじゃ、どっちがより男としての征服欲をかきたてられるかってな。俺なら断然、あの別嬪を力ずくで組み敷くほうを選ぶぜ」


 男の言葉に想像力をかきたてられたのだろう。周囲を取り囲んでいた、軍人というよりは山賊か強盗のような風采をした男たちが数人、スクリーンに映る貌を見つめたままゴクンと生唾を呑みこんだ。


「私もできれば、不美人よりは美しい人のほうがそれは好みだけれどね、できればそういったおたのしみも、いっさいなしで連れてきてもらえると助かるのだが」


 マイクをとおして飛んできた声に、山賊どもはいっせいに飛び上がった。中央に座っていた彼らの統領だけが、相変わらず尊大な態度でそっくりかえっている。

 いつのまにか、壇上から彼らを見下ろす人物が入れ替わっていた。いましがたの諷諫ふうかんは、この人物の口から発せられたものであった。


 ライト・ブラウンの髪にライト・グレーの瞳。上質のスーツを身につけ、物柔らかな微笑を口許に湛えた、端整な貌立ちの紳士。


「ザイアッド軍曹、机から足を下ろしたまえ」


 檀の向かって右後方に下がっていたロイスダール大佐が、低く押し殺した声で命じた。しかし、男は傲然とそれを無視して壇上の人物を見据えた。


「だれだ、あんた?」

「カシム・ザイアッド軍曹!」


 上官の口からついに怒声が放たれたが、男はそれでも動じる様子もなく、恬然てんぜんと雷鳴のような怒号を受け流した。壇上の人物もまた、同様に平静を保って視線を逸らさない。そして、ふたたび男に向けて口を開いた。


「先程、自己紹介をしたんだが、貴官の耳には届かなかったようだね。ならばあらためて名乗らせてもらおう。アドルフ・シュナウザー。内務省の地上保安維持局に勤務している。司法省を介して、今回、貴官らに仕事を依頼した者だ」

「虫も殺さねえようなお優しそうな顔して、随分物騒な話持ちこんでくるんだな」

「それが仕事だからね。愉しい任務でなくて申し訳ないが、それなりに報酬は特別賞与というかたちではずむつもりだ。しっかり働いてくれたまえ」


 シュナウザーの言葉に、ザイアッドは直接の返答を避け、誠意に欠ける態度で軽く肩を竦めてみせた。鋭い視線でそんなザイアッドを射貫いたロイスダールが、シュナウザーに向かって部下の非礼を詫びる。そのさまを他人事のように眺めながら、ザイアッドは低く漏らした。


「なるほどな、随分とんでもねえヤロウがバックについてやがったもんだ。アドルフ・シュナウザー、か……」


 男の呟きを耳にした背後の巨漢が、不思議そうに上官の顔を覗きこんだ。


「とんでもねえって、軍曹、なんかあるんですかい? 内務省だかコンチクショウだか知らねえが、あんな厭味いやみなキザヤロウ、気にいらねんなら、いつもみたいに軽く捻っちまやいいじゃないですか」


 過激な発言者を、ザイアッドはチラリと見やって口唇くちびるの端を片側だけ吊り上げた。『冷酷非情』というタイトルをつけて、そのまま額縁つきで飾れそうな悽愴たる笑みがそこにひろがる。その迫力に気圧けおされて、ひぐまのような大男がたじろいだ。


「だからてめえはバカだってんだよ。もっとも、世の中でいちばん幸せなのは、バカで単純で無思慮で、余計なことをなにも考えねえ奴って決まってっけどな。キム、間違いなくてめえは長生きするぜ。ずっとそのままでいろよ」


 あきらかに侮蔑の要素が色濃く出た言葉ではあったが、言われた当人はもちろんなにも言い返すことができず、取り巻きの連中もまた、だれひとりとして話をまぜかえすことはできなかった。


 男はそれ以上口を開こうとはせず、すべてのものから関心を失ったように両眼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
off.php?img=11
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ