第7章 ヒエラルキー(1)
――奥さん、気を落ち着けて聞いてください。
ビジュアルホンの画面に映った夫の会社の上司が、沈鬱な面持ちでそう言うのを聞いたとき、新見ジェーンは言い知れぬ不安をおぼえた。鼓動が、いつになく速い。
これからこの人が言おうとしていることを、聞いてはいけない。そう思うのに、躰は意思に反してモニターのまえに凝固したまま、一歩も動くことができなかった。
あの人に……、夫の身に、なにかあったのだ。
不吉な予感はしていた。とくに連絡が途絶えたこの数日、ずっと……。けれど、彼の身にいったいなにが、どんなことが起こったというのだろうか?
最後に夫からのメッセージが届いたのは、もう4日もまえ。
たった1行だけ。
『ごめんね、ジェニー。心配しないで』
なぜ……。いったい、なにがあったというのだろう。
でも、いまはこれ以上、聞きたくない。なにも――
モニターの中のくたびれた中年男の口がゆっくりと開き、事態を告げる。
やめて。やめて。なにも聞きたくない。あたしになにも報せないで。
疲れきった、嗄れた声が言った。
――あなたのご主人の宿泊しているホテルが、なんらかの原因で爆発炎上したとの報せが、たったいま入りました。まことに残念ですが、ご主人も、パートナーのカメラマンも、生存は絶望視されているそうです。
なにも、聞こえなかった。
いま、あたしはなにも聞かなかった。
信じない。全部デタラメに決まってる。
あの人がいなくなるなんて、絶対にありえない。
だからこれは全部、嘘。
非道い人。なんの権利があって、この人はあたしに、こんな酷いことを言うんだろう。
あたしは信じない。絶対に。
あたし、ちゃんとわかってる。あなたは生きてるって。
絶対に、生きてる。
ねえ、そうでしょう? 翼――




