第6章 幹部会議(7)
話し合いが済んで、各自が思い思いに引き上げていったあとも、ルシファーはひとり、翼の部屋に残っていた。
頭の後ろで両手を組んでベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めながら煙草を銜える姿は、先程とは打って変わって気迫の欠片もない。
「ルシファー」
声をかけると、彼はそのままの姿勢で「ああ?」と気怠げに答えた。
「あの……、大丈夫?」
「心配するな。おまえとおまえの相棒は、極力安全な場所に隠れていられるようにしてやる」
「そうじゃなくて。僕のことはいいんだよ、自分で決めたことなんだから。僕が言ってるのはそうじゃなくて、君のことだよ」
「俺?」
青紫の瞳が、はじめて翼のほうへ向けられた。翼は、その枕もとに灰皿がわりの器を置くと、ベッドサイドに腰を下ろした。
「すごく、疲れてるみたいだ。ひとりで無理をしすぎてるんじゃないかと思って」
「べつにたいしたことはない。おまえは気にするな」
「うん……」
曖昧に頷いて、翼は数瞬押し黙った。
「あの、ルシファー……」
「うん?」
「さっきのことだけど、偶然なのかな?」
「なにがだ?」
「これから、僕たちが戦う相手のこと」
無言で先を促されて、やや躊躇った末に翼は口を開いた。
「――以前、一度だけ、記事を書いたことがあるんだ。2カ月くらいまえに、《首都》のある研究所で『ちょっとした事故』が発生した。原因も具体的な被害状況もあきらかにされず、警察すらごく限られた、一般に情報が公開された範囲までしか介入できなかった。でも、そのちょっとした事故に巻きこまれて、数百名の研究員が死亡した。僕は、どうしても納得がいかなくて、事故について単独で調査と取材活動をつづけて、それを記事にした。僕ひとりの力で判ったことなんて、殆どなにもない。上司にも呆れられたけど、記事を載せるまでは好きにしろといって放置しておいてくれた。それなのに、記事を載せた直後に上層部の態度が一変したんだ。なんの説明もないまま、突然取材打ち切りの命令が下されて、その件はそれでおしまい。僕に任されてたスペースなんて、前文か埋め草に毛が生えた程度のベタ記事にすぎなかったのにね。
――その事故でね、幼馴染みをひとり、亡くしてるんだ。研究所は、ある科学開発企業の関連組織ってことになってたけど、実際には、そんな企業なんてどこにも存在しなかった。巧妙に偽装されたペーパー・カンパニーだった。そしてさらに調べていくうちに、バックに存在する、ある大企業の名前が浮かび上がってきたんだ。それがね、グレンフォード財閥だった」
ルシファーは身じろぎもせず翼の話に聞き入っていた。黙って耳を傾ける表情は、少なくとも表面的にはまったく変化はない。
「ルシファー、これは偶然なのかな」
整いすぎるほど整った貌を見下ろして、囁くような声で翼は言った。
「僕が地上に来たのも、僕が君と出逢ったのも、君がこれから立ち向かっていく相手がグレンフォード財閥であることも、そして、君が僕の存在を受け容れて、君の傍に置くことを容認してくれたのも、みんなみんな、偶然なのかな……」
吸いこまれるように深い蒼穹色の瞳が、翼をとらえて放さない。
「ルシファー、君はいったい、なにを知ってるんだろう。この先に起こりうる未来を、どこまで、見通してるんだろう――」
翼の問いかけに、ついにルシファーが答えることはなかった。
やがて彼はベッドから起き上がると、殆どが灰になった煙草を器に押しつけて立ち上がった。指の長い、形のいい手が肩の上に軽く置かれる。
「心配するな」
それだけを言い置いて、すらりとした長身は、ドアの向こうに消えていった。




