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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
29/202

第6章 幹部会議(6)

「まず最初に言っておくが、いままでのやりかたはこの先通用しない。奴が俺たちにぶつけてくるのは、日頃から《セレスト・ブルー》を目のかたきにしている敵対勢力ではなく、プロの戦争屋だ」

「情報の出どころは?」

「俺がじかに仕入れてきた」


 ボスのひと言で、慎重な彼の右腕はあっさり納得した。


「俺たちの行動パターンは、すべてデータ分析にかけたうえで学習済みってわけだ。多少手ごわくはなるだろうが、合戦場は十中八、九、このスラムになる。となれば、俺たちの庭も同然。ゲリラを中心に打つ手はいくらでもある。こっちの被害を最小限にくい止めて、徹底的に叩くぞ」

「実戦部隊相手にセレストが暴れるのはともかくとして、俺たちだってここまで関わったんだ。当然、仲間に入れてくれるんだろうな」


 おもむろに口を開いたのは、それまでずっと沈黙を保っていた《没法子メイファーズ》のロンだった。


「できればそうしてもらいたい。ただし、今回にかぎり、一方的な出動要請ではなく、助勢を拒否する権限を与える。参戦するか否かは、そっちの意思を尊重する。危険を承知で仲間に加わるもよし、黙って傍観を決めこむもよし。決定権はおまえたちに委ねよう」

「それだけ状況はきわどいってことか?」

「そう取ってもらってかまわない。決着カタは、つけるつもりだがな」

「なら、こっちはあえて結論を訊かれるまでもねえな。《没法子》は《セレスト・ブルー》につくぜ。どのみち、頂点トップのあんたが潰されちまっちゃ、俺たちの命運もそれまでだ。いちいち考えるまでもねえよ」


 なあ?と同意を求められて、《シリウス》のトップも頷いた。


「狼の言うとおりだ。俺たちも微力ながら加勢させてもらう。だが、ここにきて展開がかなり急になっているが、それについて、なんの説明もないまま黙って働けとは言うまいな?」


 静かな口調の中に、適当な誤魔化しや曖昧な言い逃れを許さぬ厳然とした空気が漂う。冷ややかにそれに応じたのは、弁明を迫られたルシファー当人ではなく、傍らに控えた人物であった。


「ビッグ・サム、余計な詮索はしないでいただきましょう。ボスにはボスのお考えあってのこと。出すぎた真似は慎むように」


 場に、一瞬の気まずい沈黙が流れた。しかし、


「申し訳ありません」


 先に折れたのは、意外なことにビッグ・サムのほうであった。その粛然しゅくぜんたる態度に、翼は軽い驚きを禁じ得なかった。

 ルシファーに対すとき、の青年は相手に敬意を払いつつも、あくまでおなじ組織の頂点に立つものとして、対等の立場を崩さなかった。にもかかわらず、そのルシファーの下位に位置するはずのシヴァに対しては、あきらかに隷従の意をもって服している。彼らの、複雑に絡み合った人間関係の一端が、ここに現れていた。


「シヴァ、いい。ビッグ・サムの言うことももっともだ」


 ルシファーがあいだに入ると、彼に絶対の忠誠を尽くす美貌の青年は、無言で引き下がった。


「展開が急なのは、なにも俺が焦っているせいじゃない。向こうが手段を選ばなくなってきたからだ。ひとつには、セレスト(うち)タイを張っていた唯一のグループ、《メサイア》を壊滅させたことが挙げられる」


 ルシファーの口から出たグループの名は、過日、翼が巻きこまれたグループ抗争の、もう一方の集団のことであった。


「かろうじて保ってきたスラムの均衡が、これで大幅に崩れて、連中も迂闊に手を出せなくなった」

「それは、いままでは、『楽に手を出せる状況にあった』ってことか?」

「そのとおりだ、狼」


 ルシファーはそれ以上言わなかったが、彼らには、それで充分に通じたようであった。


「はっ、なるほどね。あいつら、どうりで最近、やたら羽振りがよかったわけだ。外部そとの奴らに美味い餌ぶら下げられて、飼い犬よろしく喜んで尻尾振ってやがったとはな。意地汚ねえ野良犬どもがっ、吐き気がするぜ」

「まあ、それはともかく」


 嫌悪と憤りを露わに吐き捨てた《没法子》のボスの横で、泰然と落ち着き払ったビッグ・サムが口を開いた。


「あんたがさっきから言っている『連中』とは、アドルフ・シュナウザーを中心とした、地上勤務の役人どもを指しているのか? それとも別に――」

「ビッグ・サム!」


 ふたたびシヴァがきつい口調で咎めた。しかし、ルシファーはそれをも制して質問に応じた。


「違うな。奴らはいくらでも替えのきく、ただの使い捨てのこまだ。背後には、もっと大きな組織が控えている」

「もっと大きな……?」


 狼の呟きに、ルシファーはふっと口の端を上げた。



「――グレンフォード財閥。聞いたことぐらいはあるだろう」



 まさか……。


 翼は耳を疑った。ルシファーが口にした固有名詞は、《メガロポリス》最大の財力と権勢を誇る大財閥の名称であった。その支配の及ぶところ、政治、経済はいうまでもなく、情報管理、交通、医療、教育等あらゆる分野で広範な領域を占め、栄華をほしいままにしていた。それはすでに、聞いたことがあるなどというレベルの話ではなかったのだ。


「なんだってっ!?」


 数秒の後、狼がひっくりかえった叫声を発した。


「ちょっと待てっ、ルシファー。そんじゃなにか? 俺たちの敵は、あの世界のグレンフォードだってのか!? 話がでかすぎるぜっ。いったい、なんだってそんな……」

「冗談だったらよかったんだがな。生憎あいにく、おまえたちを騙して戦争ごっこやるほどの露悪イカレた趣味は俺にはない。俺たちが敵にまわすのは、間違いなくあのグレンフォードだ。だから俺は最初に言った。荷担せずに傍観を決めこんでもかまわないと」


 狼は、とうとう言葉を失って大きく喘いだ。レオ、デリンジャーもさすがに驚きを隠せぬ様子で固唾かたずを呑み、なりゆきを見守っている。シヴァは、血の気の失せた、蒼白の顔を凍りつかせてひと言も発しようとはしなかった。そしてビッグ・サムは、その表情から、内面の思いを読み取ることはできなかった。


 それぞれの思いが錯綜とする中、時間だけがゆるやかに過ぎてゆく。



「――ルシファー、君はなぜ、彼らに狙われるんだろう」


 やがて、遠慮がちに翼がその静寂を破った。同時に時の流れが正常に戻り、停滞していた重苦しい沈黙がその場から霧消した。


「……ある『機密』を、とある事情から入手した。グレンフォードが扱っている枢機条項の中でも、トップ・シークレットに入るやつだ」

「その機密というのは?」

「明かすわけにいかない。というより、おまえたちは知らないほうがいい」

「そうすれば、いやでも情報は漏れないから、かな?」

「ひとつにはそれもある。だが、それだけでもない」

「その理由も、訊かないほうがいい?」

「ああ」


 問いかけながら、翼の中で、ひっかかりを感じていたひとつの疑念が腑に落ちた気がした。


「わかった。じゃあ、訊かない」


 信頼をこめて言いきった翼を、ルシファーは一瞬、なんともいえぬ表情で視つめた。だが、周囲にそれと気取けどられぬほどのあいだで感情をよろうと、ふたたび冷徹さを取り戻して仲間たちに向きなおった。


ロン、手を引くか?」


 極めて抑揚のない、低い声で問われ、《没法子メイファーズ》のリーダーはピクリと躰を慄わせた。


「選択は自由だ。が、いますぐ、この場で回答が欲しい」

「……あんたは、どうしてほしいんだ? ルシファー」

「この件については、俺は強制も命令もしない」

「けど、人海戦術でいくなら、それなりに人数が必要なはずだ」

雑魚ざこは要らねえ。俺が欲しいのは、あくまで機動力のある兵隊だけだ」


 役立たずは無用。

 切るような鋭さで言い捨てられ、狼のはらは、どうやらそれで決まったようだった。


「……わかった」


 きつい眼差しでルシファーを睨み据え、狼はきっぱりと言った。無情に突き放したルシファーと彼が、決裂するのではないか。翼は一瞬ひやりとした。しかし、


「あんたがそう言うなら、俺と手下どもの生命いのち、あんたに預けるぜ」


 意外な決断に、翼は思わず瞠目した。あらかじめ答えがわかっていたのか、ルシファーは動じない。不敵な面構えで「そうか」と応じただけだった。


「あんたの思いはよくわかった。俺たちの能力を、《ルシファー》が咽喉のどから手が出るほど欲しいんだってことがな」

「随分しょってるな」

「ほんとのことだろ。《没法子おれたち》以上にあんたの希望どおりに動ける一団はいない。その点、《没法子メイファーズ》の組織力はセレストをも凌駕してる」


《セレスト・ブルー》のトップ、幹部たちをまえに悠然と放言すると、狼はニッと笑った。


「敵の名前に、ほんの一瞬でも怯んだ俺がバカだった。相手がだれだろうが、そんなもんは関係ねえ。テメエらのことはテメエらできっちりカタをつける。それが俺たちの流儀で、俺たちの誇りだ。ルシファー、俺はあんたを支持するぜ。《没法子》は全面的にあんたをバックアップする」


 彼らの頂点に君臨する美しき覇王は、無言のうちに目映い黄金の髪をひと振りして《没法子》のボスの申し出を受け容れた。


「ビッグ・サム、おまえは?」


 つづいて最終決断を求められ、《シリウス》のトップは、ルシファーの背後に控える、いまにも消え入りそうな人物を視つめたまま低く応えた。


「俺の意志は最初に伝えた。翻意ほんいするつもりはない」


 伏せられたプルシャン・ブルーの瞳に生気は戻らない。シヴァは、陶製の人形のように無反応をとおしてそこに佇んでいた。


「わかった。ならば、話を具体的な内容に進める。傘下のグループをどう動かすかは、すべておまえたちの裁量に任せる」



 指揮を執る側、命令を受ける側の立場が明瞭になった途端に彼らの顔つきは変わった。

 第三者の介入を許さぬ、ピンと張りつめた空気の中で、ルシファーは幹部を含めた各指揮官たちに次々に指示を与えていった。


 圧倒的な統率力。そして神威しんい的な支配力。


 これが、少年たちを畏怖、恐懼させ、殆ど信仰の領域にまで達して彼らを崇拝させるスラムの覇王、《ルシファー》――


 翼は、輪からはずれた場所で、彼らの様子をじっと見守っていた。

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