第6章 幹部会議(5)
「翼!」
「レオ! よかった、ほんとに無事だったんだね」
「それはこっちのセリフだろ。ったく、さんざ心配かけてくれちゃって」
4日ぶりに再会を果たした翼とレオは、互いの姿を認めるや、駆け寄って肩を抱き合った。
「ごめん。なんか、すごいことに巻きこんじゃったみたいで」
大きな掌に頭をクシャクシャにされながら翼が詫びると、寛容な相棒は、おおらかな笑い声をたててその頭を軽く叩いた。
「まあいいさ、このくらいのほうが人生張り合いがあるってもんだよ。やりたいようにやってみろってあんたを嗾けた責任は、あたしにもあるしね、こうなりゃ、とことんつきあってやるよ」
再会を喜び合うふたりのさまを見て、デリンジャーがシラケたように呟いた。
「なーんかあれじゃ、男女の熱い抱擁っていうより、大熊にジャレて飛びつく小リスって感じ」
失礼な発言を、傍で聞くとはなしに聞いていた彼のボスが、途端に小さく吹き出した。とくにコメントはなかったが、その反応を見れば、彼がふたりの関係についてどのような感想を抱いていたか、あえて訊くまでもないだろう。
「さて、頭数がそろったところで本題に入るとするか。まずはビッグ・サム、狼、ご苦労だった」
ルシファーが声と表情をあらためたことで、場の空気は一変した。
スラムの覇王じきじきの慰労の言葉を受け、レオとともに新たに加わったふたりの人物のうち、一方が「いや」と言葉少なに答えた。ビッグ・サム。彼もまた、『少年』というには年かさの、20代後半にさしかかった、落ち着いた雰囲気の寡黙な青年であった。
ダーク・ブラウンの頭髪と双眼。レオ、デリンジャーと並んでなんら遜色のない長身と、鍛え上げられた体躯の持ち主である彼は、《セレスト・ブルー》のメンバーではなく、その傘下にあたる、《シリウス》という別グループを率いているとのことだった。
そしていまひとり、狼。彼もまた、ビッグ・サム同様、スラム内における別組織をまとめるリーダーとして、この場に呼ばれていた。
弱冠16歳の彼がトップに立つグループの名は、『しかたがない』を意味する《没法子》。おなじ東洋系だけあって、彼の骨格、体型は翼とよく似たところがあった。そのため、翼がホテルから姿を消して以降の数日を、彼が翼の代わりを務めることで周囲の目を欺き、水面下で今回の計画をも進行させていたという。もっとも、彼と翼が似ているのはあくまで背格好のみで、さすがに一組織の頂点に立つだけのことはあり、目つきにも雰囲気にも、まったく隙はない。猛禽のような、シャープな印象の少年であった。
今回の一件は、彼らふたりによって、人為的に引き起こされた惨事であった。当然ながら、総指揮権はルシファーが掌握しており、その起案から実行に至るまで、総工程はすべて彼が取り仕切っていた。
報道上、翼とレオの生存が絶望視されてはいるものの、ほかは重軽傷者のみと、爆発の規模からすれば最小限の被害で済んでいる。日中、もっとも滞在者が少ない時間帯を選んだためである。それでも負傷者の数は、脱出の際の混乱が主な原因となって、軽く数十人単位にのぼり、ホテルは、爆破から2時間が過ぎて、いまなお炎上中とのことであった。
翼たちの宿泊していた部屋は、30階建ての建物の24階東南側に位置した。その上下の階を巻きこむかたちで部屋は完全に吹き飛んでおり、中継画面の中で、建物の中程まで抉った損壊部分から、激しい黒煙と炎を噴き上げていた。おそらく当分のあいだ、ホテルの営業は見合わされることになるだろう。
警察は、事件と事故の両面から捜査を進める方針で真相究明にあたっている。いずれの報道でも、そう伝えられていた。しかし、その捜査が極めて難航するであろうことを、翼は目の前の顔ぶれとその態度から、容易に予想することができた。
「よくまあ、こんな短期間でやってのけたわねえ。それで今回はあたしたちの出番がなかったわけね。《シリウス》と《没法子》のトップは、破壊工作のエキスパートだものね」
「まあ、そういうことだ。だが、ここから先はおまえたちの出番になる。局地戦は、セレストのもっとも得意とする分野だからな。こっちが本気で仕掛けた以上、向こうも手加減なしで討ってくるだろう。ましてここには、とっておきの切り札もある」
含みのある言いまわしに、翼は不穏なものを感じて腰を浮かしかけた。そこへ、10本の視線がいっせいに突き刺さる。翼は思わず身を竦ませた。
「切り札って――だっ…て、それじゃ……」
「言ったはずだ。先にちょっかいを出してきたのは奴――アドルフ・シュナウザーのほうだと」
「でも……」
「帰りたきゃ帰してやるぞ、いまならな。だが、おまえたちの動向を絶えず探り、ご丁寧に監視カメラまで部屋に取りつけたのは、あの紳士然としたエリート役人だってことも忘れるな。あの報道を鵜呑みにするほど、奴は素直でも単純でもない。おそらくは、すべてお見通しだろう。そのうえでなお、あいつを信用するか、それともこのままここに留まるかは、好きに判断するんだな」
ふたたび決断を迫られ、翼は相棒の意思を確認するように顧みた。その視線を受けて、レオは黙って頷く。ここで翼がどのような結論を出そうと、それに従う。その瞳がそう言っていた。
幾度おなじことを問われても、決意が翻ることはない。翼は低く、しかしきっぱりと答えた。
「……帰らない。ここにいる」
ルシファーの瞳から、ほんの一瞬だけ鋭さが消えた。
「頑固者」
それだけを言って仲間に向きなおると、彼は中断した話を再開させた。




