第6章 幹部会議(4)
それから1時間後、短すぎる仮眠と簡単な食事を済ませてひと息入れたルシファーは、唐突に小型ビジョンを取り出して電源を入れ、立ち上がった立体画像を翼たちに示した。
画像には、一角が大きく崩れ、そこから大きな炎を噴き上げているひとつの高層ビルが映し出されていた。見覚えのある建物にくい入るように見入っていた翼は、数秒後、
「これ…、僕らが泊まってたホテル……!」
小さな驚愕の叫びに、シヴァとデリンジャーも驚きの表情を浮かべた。
「生中継だ。思った以上にうまくいったようだな」
「ナマって、うまくいったって……、ルシファー、君いったい……」
思考回路が完全ショートして言葉が出てこない。その翼の視界に、深刻な表情で原稿を読み上げるアナウンサーの姿が映った。固唾を呑んで見守るうちに、画面がふたたび切り替わる。その矢先、
「なんでーっ!?」
翼は今度こそ絶叫を放って小型ビジョンに飛びついた。
生存が絶望と思われる行方不明者として、自分とレオの名前が挙られ、わざわざ写真付きで報道されていたからである。
「あーらら、なんかすごい展開」
デリンジャーの完全に他人事と化している能天気な発言に鋭い視線を向け、翼はそのボスに詰め寄った。
「こんなの全然聞いてないよっ。なんだってこんなムチャクチャなこと。それに僕はここにいるからいいけど、レオはどうなっちゃったわけっ!? あとでちゃんと会わせてくれるって言ったよねっ! シュナウザー局長のことにしたって、まだなんの説明もないままだし、何日も僕をこんなところに閉じこめてほったらかしにしたまま、君は自分だけどっか行っちゃうし、やっと帰ってきたと思ったらこんな、こんな……っ」
「ストーップ!」
興奮してまくしたてる翼を遮って、デリンジャーがあいだに割って入った。
「はあい、そこまでよォ。いいコだから、もっとちゃんと落ち着いてお話ししましょうねえ。はい、深呼吸してえ」
差し出されたグラスを翼はひったくって一気に水を飲み干し、酸欠になった荒い呼吸を整えた。
「よくまあ、そう次から次へと立てつづけに言葉が出てくるな」
そんな翼を見て、ルシファーが呆れたように呟いた。
「ルシファーッ!」
「わかってる。いまちゃんと説明するから、少し冷静になれ」
年下の相手に諭されて、翼はぐっと詰まった。
「いいか、まず第一に、おまえがもっとも気にしてる相棒のことだが、五体満足、怪我ひとつなく元気でぴんぴんしている。じきにここにやってくるだろう」
「ほんとに?」
「もう小1時間もすれば、ウソかホントかはっきりする。それから第二に、このあいだ、取材協力をするかわりに俺からもいくつか条件を出したが憶えてるな? 取材内容及びその対象範囲をひろげること。それとすべてが片付けくまでのあいだ、外部との接触はいっさい避けること。そいつをきっちり守ってもらおう」
「そりゃ、約束したからには守るけど……。まさかこれって――」
「なかなか聡いな。結構、そのまさかだ」
ルシファーは満足げに腕を組んだ。
「こんな状況に追いこまれれば、おまえも相棒も、へたに里心がついたところで外部と連絡をつけようがなくなるだろう。しばらくはおもてに出るわけにもいくまい。なにより、これで取材期間を存分に延ばすことができる。本来なら、残されてる滞在日数は、あと何日だ?」
「……8日」
「たかがそれだけの期間で、おまえの望む成果が上げられるとは思えねえな。第一、俺が出した条件をまるで満たさない。その程度でカタがつくような話じゃないんでな」
「その程度って、じゃ、あとどれくらい……」
「さあ、半年か1年、もしくはそれ以上か」
「そんなに?」
頼りなげに呟いた翼を、深い、蒼穹色の瞳が冷たく見返した。
「怖じけづいたか? 嫌ならやめてもかまわないぞ。いまなら、戻ることもまだ可能だ」
望むならば送り届けてやる。言われて、翼はすぐさまかぶりを振った。
「いやだよ、やめない。絶対帰らない」
断固として答えた翼を、金髪の覇王は無言で受け容れた。しかし、それに対して異議を唱えたそうな顔をしたのは、その傍らに控えていたシヴァであった。
グループ内にあって、ことさら排他的傾向の著しいこの美貌の青年にとって、まったくの外部の人間が、それほどの長きにわたり自分たちと行動をともにし、とくにボスの周辺をうろつくような事態は耐えがたかったに違いない。だが、ボスの下した決定事項であったため、結局口に出してはなにも言わず、感情を殺して口唇を噛みしめるにとどまった。
「これはまだ、俺たちにとってほんの幕開けにすぎない」
少年たちの頂点に立つ覇王の声が、謐かに、だが、凛として室内に響く。翼たちは自然、その声に聞き入っていた。
「翼、おまえは俺に言ったな。俺こそがこのスラムの象徴なのだ、と。ならばその両目で、これから俺がすることをしっかり観ておくがいい。
挑戦状を叩きつけたのは俺だ。だが、それ以前にこの俺を挑発し、賢しげにちょっかいを出してきたのは奴らのほうだ。そのことを必ず後悔させてやる。存分にな」
述懐の後半は、翼に向けられたものでなく、ほぼ、彼自身のモノローグとなっていた。そして、それだけにいっそう、その言葉の持つ意味に凄みを与えていた。
魔王――彼が求めていたのは、汚れなき、真白き〈翼〉―――




