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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
201/202

エピローグ(2)

 翼自身もまた、グレンフォードの事件を節目として、大きく転身したひとりである。

首都キャピタル》に戻って以降、彼はユニヴァーサル・タイムズを辞職し、フリーランスのジャーナリストとしてのみちを歩みはじめていた。


 彼が独立して最初に手がけた著書は、当然のことながら《グレンフォード事件》に関わるものとなった。

 ルシファーを中心とするスラムの少年たちの側から事件の真相を精緻にとらえつつ独自の見解を交え、また、徹底した調査と関係者へのインタビューを行って、その全貌を客観的に分析・解明したルポルタージュを世に送り出した。結果、できあがった作品は、世界中で大反響を呼び起こすミリオンセラーとなった。


 誇張ではなしに、世界そのものを真に掌握し、支配していた大企業とその一族の栄光、そしてその根底にひそむ大いなる闇がもたらした落魄らくはく。それらの途方もない盈虚えいきょに、世間は注目せずにいられなかった。


 グレンフォードの失墜は、当然ながら世界経済にも致命的となる大打撃を与えることとなった。株価の暴落はとどまるところを知らず、一時は史上類を見ない大恐慌の危機にまで瀕したほどの被害と影響をもたらした。

 マスコミで取り上げる話題は連日、財閥と一族の『陰謀』、あるいはそれらが社会に与えた影響などに終始し、政治、経済、医療、軍事等、各部門のアナリスト、あるいは評論家と称する専門家たちが飽くことなく持論を展開させ、論議に花を咲かせていた。


 そしてその一方で、グレンフォードと対立する立場を貫いた者たちにも注目が集まり、ルシファーをはじめとする多くの仲間が脚光を浴びておもしろおかしく取り沙汰され、担ぎ上げられることとなった。

 なまじトップに立つ《ルシファー》に華がありすぎ、周囲をかためるメンバーのいずれもが有能で魅力と個性に溢れすぎていたことが愚かな社会現象を巻き起こし、白熱させる原因となった。


《ルシファー》や《セレスト・ブルー》に関する書物は、フィクション、ノンフィクションを問わず、短期間のうちに数百と世間に出まわった。それらは次々にドラマ化、あるいは映画化が決定し、何人もの若手人気俳優が《ルシファー》を熱演することとなった。


 いつしか若者たちにとってスラムは憧れの地となり、それが過熱した結果、地上へ行こうと殺到した若者たちで空港は連日ごった返し、警官と揉み合う姿が頻繁にニュースで流れるようにもなった。

 自分は《ルシファー》の腹心だった、《セレスト・ブルー》のメンバーだったことがある、《セレスト・ブルー》の傘下の別グループで現在も頭を張っているなどと公言する、翼が見たことも会ったこともない少年たちが続々とマスコミのまえに姿を現しては、グループやスラムの『内情』について熱く語る光景もたびたび見受けられた。


 ゲーム会社では、スラムをモチーフにしたソフトが爆発的な売れ行きを記録し、メガヒット商品として立てつづけに新作も開発され、売り出された。

 翼の著書は売れに売れ、連載や書き下ろし、独占インタビュー、TV出演の依頼がひっきりなしに持ちこまれた。小説、映画やドラマ化、アニメーションの脚本、コミックの原作、果ては、自分の役で映画出演してみないかと言い出す制作会社まで出てくる始末だった。


 わけがわからなくなるほど揉みくちゃに翻弄されて騒がれ、摩耗する日々の中で、それでもかろうじて翼が自分を見失わずにいられたのは、ルシファーの存在あればこそだった。

 世間がどれほどヒートアップして自分たちを取り沙汰にしようと、彼は意に介さなかった。

 いいように担ぎ上げられて讃えられ、必要以上に褒めそやされることもあれば、いわれのないバッシングを受けて執拗に攻撃されることもあった。だが、いずれの場合も、彼は己の立つべき位置をしっかりと見定めて、なにごとも涼しい顔で軽くあしらっていた。


 彼のスタンスは配下の少年たちにも行きわたり、その結果、スラムの秩序は堅実に保たれた。事件の前後で、外界からもたらされた騒ぎの余波を受け、変容をきたしたことはなにもない。彼らが必要以上に浮き足立つことなくそれらをやり過ごせたのは、泰然と構えるボスの影響によるところが大きいだろう。それは、驚異的な統率力と団結力、そして彼らがこれまでに築き上げてきた、自分たちの《覇王》に対する、絶大なる信頼の現れだったといえる。


 良くも悪くも時の人となってしまった翼であるが、その騒ぎも3年という歳月を経て終熄に向かい、フリー・ジャーナリストとしての芽が、ようやくここにきて出始めたところだった。

 当時カメラマンを担当した相棒のレオとは現在も深い親交がつづいており、双方ともに多忙を極める身でありながらも、たびたびコンビを組んで取材活動を行っている。



「そういえば、もうすぐなんじゃない? ふたり目が生まれるの」


 運転席からの問いかけに、翼は笑顔で応じた。


「うん、また女の子みたい。ジェニーがよろしくって。みんな元気?」

「相変わらずよお。研究所なんて、夜はほとんど不良少年たちの溜まり場状態。《ルシファー》信仰が根強すぎて、みんな、ボスから離れられないのよね。雑用言いつけてるからまだいいけど、一般の研究員やら事務方の連中はビクビクものだわよ。ほんとにガラが悪いったら」


《金髪のデリンジャー》はぼやいた。


没法子メイファーズ》、《夜叉》はとうの昔にグループを解散しており、最大勢力の《セレスト・ブルー》にいたっては、その頂点に君臨したルシファーを中心とする幹部たちが皆抜けて、研究所にその居を移してしまっている。上層部の弱体化に伴い、下から擡頭たいとうしてくるボス候補やグループがあってもよさそうなものだったが、実際にはそうならず、スラムにおける少年たちの現状は、各グループがこぞって隆盛を誇っていたころの勢いはなくなっていた。否、派手な抗争が消えたぶん、表面的にはそう映るだけのことであって、実際は以前よりもずっと伸びやかで、自由な気風がスラムの主流となっていた。

 そんな風潮の中で、かつては荒廃を極め、『社会から逸脱した』存在と見做みなされていたアウトローたちはそれぞれ活発に、より精力的に新たな活動を開始しているといえる。


 変化は、たしかに訪れたのだ。

《ルシファー》とともに戦ったことで彼らはなにかを得、またその一方で、己の将来について見つめなおす年齢じきにさしかかったからなのかもしれない。《ブラッディー・サイクロン》のリーダーだった少年などは、現在、レオの助手をしながらカメラマンになるための勉強をしている。

 だが、それでもルシファーにとって、スラムや《セレスト・ブルー》は、いまなお彼の大切なホーム・グラウンドでありつづけている。そしてスラムもまた、《ルシファー》が存在するかぎり、存続しつづけるのだ。


 彼の還る場所は、スラム(そこ)に在る。

《楽園》は、彼が望んだときにいつでも還っていける、あの場所にこそるのだ――


「今日はひさしぶりの再会を祝して、夜どおし飲み明かすんですって。ラフたちが朝からはりきって準備してるわよ」

「みんな集まってくれるんだ?」

ロンも仕事が終わったら、沙羅を連れて顔を出すって言ってたわよ」

「ほんとに? 楽しみだな。狼のほうも仕事は順調なんだ?」

「専門職顔負けの、あれだけ豊富な知識と技術があったら職には困らないでしょう。せつのかわりに沙羅を育てるって言い出したときはどうなることかと思ったけど、意外にいい父親してるわよ」

「養子縁組は、してないんだね?」

「沙羅の父親は刹だから、自分はあくまで後見役に徹するんですって」

「狼らしいね」


 親友の非業の死に、一時は立ち直れないのではと周りが危惧するほど荒れた狼も、沙羅という刹の忘れ形見の存在によって救われ、まっとうなみちを歩むようになった。出生時の複雑な事情から沙羅には市民登録がなく、そのことで狼から相談を受けた翼が、親権のことなども含めて調べまわり、手続きのためにあちこち奔走してから2年以上が経つ。その沙羅も、今年から元気に小学校に通っている。



 車が走り出してから、およそ10分。彼らはほどなく、目的の場所に到着して車から降り立った。


《タンズリー研究所》


 所長であるジル・カーティスを中心に、現在のところ数十名の研究員が所属し、主に生物学や遺伝子工学を専門とした研究が行われている。開設された当初に比べると、建物の外観は修繕と改装が重ねられ、より研究施設らしい落ち着いた様相を呈してきている。しかし、周辺の建物を含めた随所には、いまだ不自然な華やぎと絢爛けんらんさ、そして、崩壊の痕が刻まれていた。


 ここは、かつて《Xanadu(ザナドゥー)》のコンベンション・センターと呼ばれた地区の、ホテルが建っていた場所だった。

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