第40章 死闘(6)
ラフからゴーサインが出た直後、スラム勢及び公安特殊部隊は、それぞれの司令塔の指示に従って行動を開始した。軍の指揮権は引きつづきザイアッドが掌握しており、スラム勢については、《没法子》と《夜叉》を中心とする混成グループを狼が率いていた。
その一方で、デリンジャー、翼、レオ、クローディアの4名は、仮設司令部での軍議を終えた直後から、激戦区の真っ只中にある《セレスト・ブルー》の拠点に戻り、その地下に詰めていた。
「まったくもうっ、ほんっっっとに人使いが荒いんだから! やんなっちゃうっ!!」
文句を言いながらも、金髪の黒人は忙しく動かす手を止めようとしない。
「はい、いっちょ上がり! 新見ちゃん、次できたわよ。連絡お願い」
「わかった。――ディック、僕だけど。麻酔薬用意できたから、取りに来て」
「了解!」
地下の私室兼医務室兼研究室に詰めている高名な医学博士は、現在、グループのボスの命令により、自身が高言するところの『恐竜も一発で仕留められる超強力麻酔弾』を次々に作製しているところだった。そして、6発分を1セットとして、20セットできるごとに《ブラッディー・サイクロン》のメンバーに連絡し、各グループや部隊への配付を要請していた。
翼の役どころは、助手兼連絡係といったところである。
「新見ちゃん、そこの棚にある、いちばん上の右端の瓶取って」
「これ?」
「クローディアはこの調合した薬、そこの目盛りのついたシリンダーで等分に量って容器に入れてってちょうだい」
「任せて」
皆が忙しく立ち働いているさなか、全員の護衛役を請け負っているレオがアジト内の見回りから戻ってきた。その後ろに、薬を取りにきたディックと配下の少年たちを伴っていた。
「麻酔薬の効果が出たってよ」
レオの発したひと言に、作業をしていた全員の手が止まった。
「どうだった?」
「もちろん『瞬時に夢の中!』、よね?」
期待のこもった眼差しに、レオは肩を竦めて結果を告げた。
「動きを鈍らせるので精一杯、ってとこだってさ」
途端に、不満の声と失望の溜息が部屋中に充満した。
「うそォ、どれだけ人間離れしてんのよぉ。普通こんなの当たったら、象や鯨でもソッコー死ぬわよぉ?」
「ねぇ、いっそのこと、そこの薬品棚にある薬、全部混ぜてみれば?」
がっくりと気を落とす面々に、レオがまあまあと慰めの言葉をかける。
「自力で動ける程度に弱らせられるぐらいのほうが、運ぶ手間が省けてちょうどいいってことらしいから」
「そうなの?」
「うん、判断力も鈍るらしくてね。むしろ、ちょうどいい配合だってさ。その調子で、どんどん作ってくれって。だろ?」
レオに同意を求められて、すぐ後ろにいた弟分は頷いた。
「結構成果が上がってるみたいっす」
「そう? それだったらいいけど」
翼ができあがったばかりの麻酔弾を手渡すと、手下たちとともにスラム内を走りまわっている少年は、早々に引き上げていった。
なおも麻酔薬の製造をつづけるあいだに、翼の許へは続々、仲間たちからの連絡が入る。いつしか翼の端末が彼らの中継点となっていた。
ザイアッド、ラフ、狼が中心となって敵の追いこむ作業は順調に進められていった。麻酔銃によって本来の攻撃力を殺がれた敵は、スラム側が用意した大型トレーラーの荷台の中へ次々に収容されていく。その都度、翼の許に報告が寄せられ、そこで集計が成されていった。
狼の活躍は、その中でも殊にめざましく、結果を報告する態度がいつもと変わらないだけに、翼には余計、それが痛ましく思えた。
そうこうするうちに、作業はやがて終盤を迎えた。
9割方までの任務が完了すると、残りの掃討戦はルシファーに引き継がれ、ザイアッドらは、ひと足先にトレーラーを警固するかたちで《Xanadu》に向け、出発していった。
「決着は無事ついた?」
デリンジャーの私室にひとり姿を現したルシファーに向かって翼が尋ねると、彼はあまりすっきりしない様子で「いや」と短く応えた。
「1匹だけ、どうしても尻尾が掴めねえ。だが、とりあえずスラムはガイルたちに任せて、ひとまず《Xanadu》のほうを片付けることにする」
「どこに隠れてるんだろう。気になるね」
「ああ」
疲労を滲ませながらルシファーは頷き、翼たちを促して《Xanadu》へと引き返した。




