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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第40章 死闘(1)

 港湾北第7ブロック内の高層ビルが建ち並ぶ区域を移動していたザイアッドは、突如背後であがった悲鳴に振り返り、思わず息を呑んだ。敵に捕まったホセが、足首を掴まれて宙吊りにされていた。キムとまではいかなくとも、充分大柄な部類に入るホセを、相手はいとも無造作に片手で吊し上げていた。


「たっ、隊長……」


 逆さ吊りになった地面すれすれの位置から、ホセが掠れた声をあげる。その直後――


 大きく腕を振り上げた敵は、暴れる魚を失神させるがごとき要領で真横の建物の窓ガラスにホセの身体を叩きつけた。反動すらつけることのない、軽々とした動きだった。

 叩きつけられる勢いに遠心力が加わり、ホセの長躯が建物に吸いこまれるように顔面からつっこんでいく。その一撃で、耐震補強が成された強化ガラスが粉々に突き破られた。



「げぁあぁぁぁーっっっ!!」



「ホセッ!!」


 部下の口をついて漏れ出た絶叫は、人間の発したものとは思えぬ怪音となって響きわたった。それは、聞く者たちに戦慄を植えつけるような奇声だった。

 だが、当の加害者に変化は見られない。苦痛に耐えかねて呻吟する獲物の様子を、のっぺりとした無表情がじっと見下ろしていた。まともな神経や感情といったものはいっさい排除されているかのような、無機質な目つきだった。

 ホセはなおも宙吊りにされたままガラスの破片を撒き散らし、顔を押さえてのたうっていた。その真下の路面に、顔から流れ落ちた涙と涎、血液とが入り交じった液体がパタパタと飛び散った。


 まだ活きがよすぎる。

 まるでそう判断したかのように、敵はふたたび腕を振り上げた。ホセがヒッと咽喉のどを鳴らして身を竦ませる。ザイアッドらもまた、瞬時に全身を緊張でよろった。


「ヤロウッ、ふざけやがって……っ!」

「ぶっ殺してやるっ!」


「よせっ、はやまるなっ!!」


 我を忘れて敵に飛びかかろうとする部下たちを、ザイアッドは鋭く制した。そして、


「キムッ!」


 信頼する副官を、男は目線で促した。それを受けたキムもまた、上官の心意を得て、わずかに頷きを返す。ザイアッドはほかの部下たちにも素早く合図を送り、それぞれ配置につかせた。直後、キムは猛々しい咆吼をあげて敵の左わきにつっこんでいった。

 避けるまもなくひぐまのような巨漢の猛烈なタックルを横合いからくらって、さすがの怪物じみた膂力りょりょくの持ち主も蹈鞴たたらを踏む。その手もとを、ザイアッドの狙った1発の弾丸が貫通した。

 解放されたホセが、重い荷物のように路上にほうり出される。ザイアッドはすかさずそれへ駆け寄って、部下の躰を一気に担ぎ上げた。気づいた敵が、躊躇なく男の背を踏みつけようとする。他の隊員たちが、援護射撃をもっていっせいにそれを阻止した。


 次々に当たる銃弾やエネルギー波を、遺伝子改良された人造人間は痛覚すらないのか、無感動に受け止めている。ひとり、ふたりと弾切れになり、たおすのは不可能かとだれもが焦りはじめたとき、仁王立ちになっていた怪物の躰が大きくかしいだ。小山のような巨体は、そのまま後方へドウッと倒れこんだ。

 その瞳孔が完全に開いていることを慎重に確認して、キムがほっと息をつく。そして、左手で自分の右腕を掴むと、ゴキッと音をたてて関節を嵌めた。


「肩がはずれたか」


 ホセを担いだまま尋ねたザイアッドに、羆のような巨漢は苦笑を返した。


「まったく恐ろしい化けモンですよ。このオレがあんだけめいっぱいやって吹っ飛ばないなんざ、普通じゃ考えらんねえっすから。あんなのが何百もいたんじゃ、たまったもんじゃねえ」

「よかったな、遭遇したのがとりあえず1匹で」


 やはり苦々しげな笑みを刷いて本音を吐露したザイアッドの肩口で、担がれたホセが苦しげに呻いた。掴まれていた左足の足首は妙な方向によじれており、その顔は、鼻骨と前歯数本が折れていた。右瞼の上と額や顎にもガラスの破片が突き刺さっており、おそらくは頭部にも同様に無数の怪我を負っていることだろう。頸椎が無事だったのがせめてもの倖いと言えるが、肋骨や背骨、内臓に損傷がないとは到底思えなかった。


「た…、ちょ……う」

「ああ、きついな。もう少しだけこらえろよ。すぐに医療班のとこに連れてってやる」

「い、え……、おろ、て、ください。このま…じゃ、たいちょ、のお荷物、に……」

阿呆アホウ! 怪我人が妙な気遣ってんじゃねえっ。もいっぺん言ったら床に叩きつけんぞ!」


 本当にやりかねないその迫力に、周りの部下たちは肝を冷やした。


「ぐ、軍曹。もちっといたわってやらねえと、ホセが可哀想っすよ」

「うるせーよ」


 思わず助け船を出したキムを、男は睨みとばした。


「いいか、おまえらをこの地上に連れてきた以上、俺にはおまえらを全員、生かしたままポリスに帰す義務と責任てやつがあんだよ。ジェイコブとウォルター、犠牲は奴らふたりで充分だ。13班は、もうひとりも欠けさせねえ」


 ザイアッドの口をついて出た名前は、《セレスト・ブルー》との交戦時に喪われた、ふたりの部下を指していた。


「軍曹……」

「ホセ、おまえはこの俺が、どうあっても死なせねえ。いいな? わかったら、てめえも根性見せて生き残れ。これは隊長命令だ。もし背いたら、即行ぶちのめすからそのつもりでいろよ」


 随分矛盾したムチャクチャな命令もあったものだが、ホセはザイアッドの心中を察して顔をひきつらせた。かすかに笑みを浮かべたものらしい。


「は…い……」

「よし、いい返事だ」


 ザイアッドも励ますように笑った。だが、なごみかけた空気は、そこで一散した。

 敵との遭遇に備え、あたりを窺いながら先頭を歩いていた1名が路地の分岐点にさしかかった直後、横合いからの攻撃を受けて弾き飛ばされた。


「ハウザーッ!」


 強烈な一撃をくらって反対側の建物まで吹っ飛んだ隊員は、後頭部を壁に激突させると、短く呻いて気を失った。その壁に、赤黒い血糊がべっとりとついた。


 現れた敵は4人。


 舌打ちしたザイアッドは、ホセをビルの壁にもたれさせるように下ろした。待ってろよ、と言葉をかけて立ち上がろうとしたその脇腹を、一瞬のうちに間合いを詰めた敵のひとりが狙った。ほんのわずかにできた隙を突かれ、敵の爪先が脇腹の上部を見事にえぐる。構えるまもなく、その蹴りをもろにくらったザイアッドは、背後の壁に叩きつけられた。

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