第39章 崩れゆく黄金の玉座(6)
仮設していた指令部を閉鎖したルシファーは、《Xanadu》から引き上げにかかる準備をはじめた。コンベンション・センター内の中央広場を移動する彼の許へ、仲間の少年たちが続々集結してくる。翼たちもまた、つい先程、ルシファーと再合流を果たして行動をともにしていた。
「これからスラムへ?」
「こっちの用事はすべて済んだ。あとは軍だけだ。もう一戦残ってるが、おまえはどうする?」
青紫の瞳に真っ正面から見据えられ、翼はおずおずと答えた。
「足手まといかもしれないけど、一緒に行ってもかまわないかな?」
却下されることを覚悟したうえでの申し出だったが、その希望は、意外にもあっさり認められた。
「いいだろう、その目でしっかり見ておけ。ただし、俺の傍から離れるなよ」
「うん、わかった」
頷いたとき、複数の爆音が響き、瞬く間に近づいて周辺を取り囲んだ。
「ひゃっほぉーうっ!!」
にぎやかに驀進してきた暴走集団は、彼らのボスの眼前まで来ると、派手なパフォーマンスで急停止した。ルシファーは涼しげな表情で一団を迎えた。
「首尾は?」
「上々よ。ばっちり言われた場所に仕掛けてきたぜ」
言って、漆黒の愛車に跨がったまま、ラフはウィンクした。
「スラムに戻るんだろ?」
「ああ、そうだ。こんなところに長居は無用」
「んじゃ、しかたねえ。おまえにもアシをくれてやっか」
言うなり、彼は配下の少年たちに合図する。数台が道をあけると、そこに、青く優美な車体が燦然と輝いていた。
「ラフ……」
「しょーがねーだろー、やっぱおまえにゃ、これっきゃねえんだからよ。そのかわり、今度こそ大事に乗れよ」
「ああ、わかってる」
ルシファーは嬉しそうに瞳を輝かせて新しい相棒に近づくと、ぴかぴかに磨かれた車体をそっと撫でた。
「ラフ、で? こいつはブリジットか? それともバネッサか?」
「ばーか! いまノりにノッてる最高の女ったら、カレンちゃんよぉ!」
《黒い羊》のトップは、得意満面に鼻の下を指でこすりながら言った。少年たちのあいだで、たちまち明るい笑い声が沸き起こった。
「なるほどな」
苦笑混じりに納得して、ルシファーは新しい相棒に軽やかに跨った。エンジンをかけて、軽く噴かす。身体に響く重厚なエンジン音が、機嫌良く彼の期待に応えた。それに満足すると、彼は翼を顧みた。
「乗れよ」
促されて、バイクに近づく翼にラフがなにかを放ってよこした。
「役に立ったぜ、小リスちゃんよ」
受け取った紙くずらしきものをひろげてみれば、そこには、彼がひとつひとつ丁寧に書き記した手製の図面が描かれていた。
「なにかしたの?」
「ま、見てなって。じきにでっかい花火が打ち上がるからよ」
ラフはニヤリと笑った。
「ラフ、招待客やマスコミの連中の避難状況はどうなってる?」
「万全だぜ、ボス。ジュールの奴が、手下ども使って順次誘導させてるとこだ」
それを聞いて、シヴァが青いバイクの傍らに歩み寄った。その腕に、さっき合流した直後、ルシファーから預かった端末を抱えていた。《Xanadu》の心臓とでも言うべきデータが、そこに保存されていた。
「では、私は避難客を《ウィンストン》へ移送させた後に戻ります」
「ああ、頼む」
信頼する右腕にあとを任せ、ルシファーは強くエンジンを噴かした。それを合図に、仲間の少年たちのバイクや車もいっせいに唸りをあげる。おなじように、すぐ横でバイクに跨るレオに、ルシファーは最後に声をかけた。
「レオ、腕の怪我は大丈夫か?」
「もちろん。まだまだ暴れられるよ」
後部シートの子分が作るガッツポーズともども返ってきた頼もしい回答に、スラムの覇王は満足げに頷き、今度こそ地面から足を離した。
「よし、行くぞ」
ルシファーのバイクが先頭を切って走り出すと、配下の少年たちは、続々とあとにつづいた。
ルシファーの背中越しに風を切る感触が、懐かしく感じられた。
ゲートを抜ける瞬間、翼はふと背後を振り返った。その目に、《楽園》を象徴する美しい塔が映る。燦然と聳え立つその姿は、くっきりと翼の記憶の中に刻みこまれた。




