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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第38章 全能神(3)

「……なにが可笑しい」


 眉を顰めたザイアッドに向かって、カルロスはなおも笑いにせかえりながら、皮肉に彩られた顔を昂然と上げた。


「この程度のことで私を潰せると思ったら大間違いだよ。グレンフォードの機密データなどとるにたりぬ。我が父、ウィンストン・グレンフォードの『記憶』さえ手の内にあれば、私はいくらでも〈神〉になれる! 貴様らの思いどおりになどさせるものかっ!!」


 醜く顔を歪め、カルロスは勝ち誇ったように高らかに哄笑した。


「……本気で殺したくなってきた」


 シヴァの腰に腕をまわして抱きとめたときのままの姿勢で、ザイアッドがげんなりと漏らした。その自分を不安げに顧みた美貌の青年に向かって、男はおどけたように肩を竦めてみせた。


「どうする? あとあと厄介だから、この場で始末しておくか?」


 男の問いかけに、青年は硬い表情で手にしていたもうひとつのデータ・ファイルを握りしめた。

 イザベラの個体情報。

 母を、これ以上カルロスの――否、グレンフォードの『道具』にすることはできない。だが、ここでカルロスを殺しても、根本的解決には繋がらなかった。

 結論づけると同時に、シヴァはきっぱりとかぶりを振った。男はそれを見て、満足げに頷いた。


「いい子だ」


 男の笑顔に勇気づけられるようにして、シヴァはカルロスに向きなおった。


「『トロンプ・ルイユ』――あなたがたが秘密裡に活動していた組織の内部情報は、すでにこちらで、研究施設のメイン・システムごと、ほぼ完全に掌握しています」

「……ほーお?」


 カルロスは、青年の言葉にピクリと眉を動かした。けれども、その後は口許をわずかに歪めただけで、小面憎いまでの落ち着きを崩すことはなかった。


「これ以上、あなたの好きにはさせない。研究施設は、本日をもって閉鎖させていただきます」


 言いきった青年に、カルロスは自分が囚われの身であることなど忘れたかのような態度で微笑みかけた。覇者の余裕すら感じさせる、傲然とした笑みだった。


「エリス、随分と自信があるようだが、おまえにそんなことができるかな?」

「そのつもりです」

「どうやって?」

「研究施設のメイン・システムを掌握したと申し上げたはずです」

「ああ、たしかに。だが、完全にとは言わなかった。おまえは『ほぼ』と言ったはずだ。ついでに言うなら、私はそういった(・・・・・)研究施設をいくつも持っている。〈神〉への切り札が、その中のどこにあるか、おまえにはわからないだろう?」


 カルロスはくつくつと笑った。得意げなその表情を、シヴァは平静に凪いだ眼差しで見つめた。そして、断言した。


「いいえ、わかります」

「ふん、はったりもそこまでくればたいしたものだな。だが、私には通用しない。おまえの下手な演技に惑わされるほど――」

「実験登録ナンバーOB(オリジナル・ブレイン)-0001。コードネーム『神の子羊』。研究施設は、グレンフォード財団医療法人部門のバイオサイエンス研究センター、ブレイン・システム第3プロジェクト研究室」

「な、なぜ、それを……」


 カルロスの顔色が、はじめて変わった。


「言ったはずです。内部情報を入手していると」

「だが、いったいどうやってそこまで嗅ぎつけたっ! 『神の子羊』は、何重もの厳重なブロック・システムに守られて、表向きは別の研究データを捏造させていたはず……」

「情報提供者は、グレンフォード財閥総裁アドルフ・グレンフォードです」

「なにっ!?」

「それによって、つい先程、同研究室の制御機能は我々の管理下に移しかえられました」



『おまえに、イザベラを返そう(・・・)


 そう言い放ったの人物は、ふたつのデータを転送した。

 イザベラの個体情報と、カルロスが握る〈神〉への切り札と――


 ――グレンフォードの呪縛から解き放たれ、自由に飛んでいけ……。



「研究室も、研究そのものも、今日で終わりにしていただきます」


 驚愕に瞠かれた瞳で青年を視つめていた男は、だが、徐々にその口角を吊り上げると、やがて低い声をあげて笑い出した。


「やれるものならやってみるがいい。メイン・システムを乗っとったくらいで、機能を停止させることができるならば」


 レオに押さえこまれながら、それでもカルロスは、さも可笑しげにけ反って笑い転げた。


「どうしたエリス、かまわないから早く終わらせてみろ。私の声紋などに頼らず、あの研究室を封鎖することができるならなっ!」


 シヴァは蒼褪あおざめた表情で口を閉ざした。


「さあ! どうした、エリス!」


 ゲラゲラと嗤いながら、カルロスはなおも挑発的に言葉を突きつけた。それに応えたのは、返答に窮した青年でも、唯一カルロスと対等に渡り合える立場にいるザイアッドでもなく、意外なことに、男の腕をひねり上げているレオだった。



「あんたなんかいなくたって、どうとでもできるさ」



 皆が驚く中、赤毛の女傑は平然とした態度でカルロスに向かって放言した。


「なにをバカなことを……」


 カルロスは、とりあう気配もなく鼻哂びしんを放った。だが、レオはなおも言い募った。


「バカじゃないよ。はったりでもね。あんた、自分だけが天下とった気でいるみたいだけど、その研究室ってのは、なにもあんたひとりで運営してるわけじゃないんだろ? 『秘密組織』っていうからには、ほかにもちゃんと、お仲間がいるはずだ。あんたひとりにこだわらず、そいつらを締め上げりゃいいだけのことじゃないか」


 レオの言い分に、カルロスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「なかなかいい読みだが、彼らはなんの役にも立たないよ。連中は、〈神〉の器にはほど遠い。研究室のメイン・コンピュータ『全能神ジュピター』は、私の声にしか反応しない」

「へえ。じゃあ、あんたが命じれば、ジュピターはなんでも言うことを聞くわけだ」

「むろんだとも」

「最優先事項である、ウィンストン・グレンフォードの『記憶』データのプロテクトを解除して初期化することも?」

「それどころか、脳組織の細胞そのものを原子単位まで分解して廃棄することも可能だ。――お嬢さん、なにを企んでいるのか知らないが、私から情報を引き出そうとしても無駄だよ」


 カルロスの言葉に、レオは肩を竦めた。


「べつに企んでないよ。そのジュピターとやらは、あんた以外の人間には絶対に懐かないんだろ? だったら、ここでなにかわかったところで、手の打ちようがないじゃないか」

「そうだとも。君はなかなかよくわかっているな」


 カルロスは満足げに笑った。


 なにかが起こりつつあることを、その場にいただれもが感じていた。突然会話に割りこんできたレオは、普段の彼女にも似ず、やけに軽佻けいちょうな饒舌ぶりを披露している。だが、レオという人間を知らないカルロスだけは、その違和感に気づかなかった。

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