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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
172/202

第37章 中央塔にて(1)

「なんなんだ、こいつら。ほんとに人間かっ?」


 リアルタイムで流れこんでくる映像をまえに、その場に居合わせた者たちは皆、一様に驚愕の表情を浮かべた。

 放送局を統制するメイン・コンピュータは、唐突に何者かに侵入され、制御機能を奪われた。オンエア中の放送を中断して割りこんできた映像は、丁寧な画像処理を施された娯楽映画を思わせるアクション・シーンを次々に流していった。


 はじめ、スタッフのたんなるミスかたちの悪い悪戯いたずらだと思ったディレクターは、脳内中に張り巡らされたすべての血管が切れるほどの剣幕で怒声を放った。いま現在、グレンフォード財閥の祝賀パーティーで起こっている今世紀最大とも思われる一大スクープを、無能なスタッフの不手際や悪戯などで台なしにするわけにはいかなかった。

 失踪以降、生存すら危ぶまれていた天才医学博士の突然の登場と、暴露にも等しいとんでもない発表内容。世界中を震撼させ、大狂乱に陥れかねない一大事件が発生していた。

 その中継を中断させたとあっては、局全体の死活問題にすらなりかねない。局内は、瞬く間に蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


 スタッフ一同は予期せぬ事態に驚倒し、パニックに陥りながらも原因の究明と対応に追われた。

 その結果――


 映像の発信源が、グレンフォードが地上に新設した《Xanadu(ザナドゥー)》という都市の一区画を占拠しているシグナル――すなわち、くだんのパーティー会場に流れる映像を発信している信号と同一のものであることを突きとめた。そして、映像を撮影しているタイミングはリアルタイム。


 常軌を逸した戦闘の様子をとらえたそれは、未加工の生中継映像――



 数メートルはあろうかと思われる高い塀を、軽い踏切のみで跳び越え、人とは思えぬ速度で移動する人影。

 正確な弾道を描いて標的に迫った弾が、着弾寸前で画面中央に映る黒い影の、何気なく閃かせた指のあいだに挟みこむように受け止められる。その指先が軽く弾かれた瞬間、手前にいた人物が勢いよく昏倒した。その頭が、脳漿のうしょうを飛び散らせて破裂する。そのときにはすでに、黒い影はモニターの中央から忽然と姿を消し、一瞬のうちに画面右上のビルの屋上まで移動していた。

 影は、移動した先で軍人とおぼしき相手が構えていた銃を無造作に握った。長い銃身がたちまち飴細工のようにぐにゃりとねじ曲がる。咄嗟に発砲を止めることができなかった狙撃手は、その暴発に巻きこまれて肉片を撒き散らしながら消し飛んだ。火花が炸裂したとき、影の姿はすでに、画面の中から消えていた。


 超人的な運動能力、反射神経、瞬発力、腕力……。

 逃げ惑う兵士たちを、超人たちは造作もなく捕まえ、野菜でももぐように手足や頭を引きちぎっていく。痛覚や神経が通っていないのか、その躰を稀に銃弾が貫いても、彼らは無表情を貫いたまま、戦闘――否、一方的な殺戮を機械的に行っていった。



 画面下に表示された番号を、ふと、スタッフのひとりが選択してみる。すると、ポイントごとに設置されているカメラがうつすそれぞれの場所へと映像が切り替わった。局の専用モニターと機材を使って一度に複数の画面を選択してみたが、どの映像も、ほとんど大差ない猟奇的光景を展開させていた。


 多くの人間が報道管制室に詰めていたにもかかわらず、いつのまにか、室内は水を打ったように静まりかえっていた。

 モニターを凝視していたスタッフの中のひとりが、あることに気づいたのは、それからどのくらい経ったころだろう。


「……あいつ、キムだ」


 周囲の者たちははじめ、彼がなにを呟いたのか理解できなかった。けれどもさらにその数秒後、彼は今度こそ確信を持って明言した。


「なんてこった、こんな陳腐な特撮物に、俺のダチが混ざってやがるっ!!」

「おいシン、そりゃどういうことだ?」

「こいつは本物だ。やっぱり作りモンなんかじゃねえ。正真正銘、ナマの映像っすよ。ここに映ってるこの巨漢。こいつがなによりの証拠です。奴の素性なら、寝小便たれてた時分から馴れ合ってるこの俺が知りつくしてんですから。俳優なんて気取った真似、逆立ちしたってできるガラじゃないんだ」

「だからどうだってんだ」

「つまり、奴はどうにもへそ曲がりのけったいなヤロウなんすよ。あの見てくれからもわかるように、人間離れした腕力と怪物じみた体力の持ち主なもんで、以前はセキュリティ・ガード、なんてご大層な職に就いてやがったんです。それもかの有名な、シルヴァースタイン家本邸のね」


 シルヴァースタインの名に、かすかなどよめきが湧き起こった。


「奴の内定が決まったとき、俺は言ってやりましたよ。おまえには分不相応なぐらい立派すぎる肩書なんだから、しっかり励めよってね。けど、奴ァとんでもねえ大馬鹿ヤロウで、ある日突然、なにをトチ狂ったんだか、いきなり辞職願叩きつけて、これ以上はないってぐらい好待遇のお役目を返上しちまった。でもって、なにを考えてやがんのか、その足で司法省の役人なんぞになっちまったんです。ええ、もちろん俺は、奴の考えなしの軽率さと愚行を思いっきり罵倒してやりましたよ。だってそうでしょ? 奴ほどのアホウなんざ、ざらにいるもんじゃない」

「だから能書きはもういい! さっきからなにが言いたいっ?」

「だから何遍も言ってるでしょうっ!? 奴は現役バリバリの軍人なんですよっ!!」


 苛立たしげに怒声を放った上司がたじろぐ迫力で、シンは怒鳴り返した。


「いいですかっ? もいっぺん言いますけどっ、いまこの画面に映ってるこの男、こいつはキム・ビョルンって俺のダチで、正真正銘、司法省管轄の軍に所属してる軍人なんですよっ! どこの所属かまでは知らんですけどね! 軍機だかなんだか知りませんが、あのヤロウ、いくら訊いてもそれだけは明かせねえだとかなんだとか勿体ぶったこと言いやがって。けどね、そのキムがお仲間と一緒にドンパチやってるって言や、それがどういうことなのかぐらい、いちいち説明しなくたってあんたにもわかるでしょーがっ、ええっ!? 軍人の仕事ったらなんですかっ? ひとつっきゃないでしょーがっ!!」

「わっ、わかった。わかったから落ち着け。な?」


 いつもは威張り散らしている鬼ディレクターが、完全に気を呑まれて及び腰でなだめた。

 シンは乱れた呼吸を整えると、真顔になってモニターに視線を落とした。それにつられて、一同もあらためて映像を注視する。彼らは、ようやく事態の重大性と深刻さを理解した。


 メイン・システムが乗っ取られる直前に撮影クルーがスクープしていたのは、栄光の一族の背徳行為。そして同時に、何者かにより電波ジャックされ映し出されている、陰惨を極めた戦闘シーン。

 遺伝子操作を繰り返す非人道を極めた人体実験の映像と、人とは思えぬ驚異的な運動能力を発揮させる超人たち。


 もはや、ふたつを切り離して考えることはできなかった。そしてこれらの事実と、《グレンフォード》を切り離して考えることも――


 狂騒は、『崩壊』という不吉な方角を目指す暗流となって動きはじめていた。

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