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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第4章 アジト潜入(2)

 壇上のエントランスから彼らを見下ろすその人物は、つややかなプラチナ・ブロンドとプルシャン・ブルーの瞳をした、ハッとするほど美しい貌立かおだちをした青年であった。

 薄い口唇くちびるから漏れた鋭い詰問口調同様に、こちらを見下ろすその視線も、友好的という言葉からはほど遠い、冷ややかで剣呑な空気を帯びていた。


「あらやだ、もう出やがったわね。いちいち情報が早いったら。油断も隙もありゃしない」


 翼の傍らで、デリンジャーがさも嫌そうに呟いた。


「年下のボスに喜んで服従してる、もうひとりのいい見本がアレよ。シヴァ――ボスの右腕で、《セレスト・ブルー( う ち )》のナンバー・ツー」


 その説明に、翼は息を呑んだ。

 目の前にいるのは、スラムのイメージとはかけ離れた雰囲気の青年だった。ピアスも腕輪もタトゥーもなく、派手なメイキャップも、髪を染めることもしていない。服装もごくシンプルで、どちらかというと清潔な、洗練された上質の物を身につけていた。


 いままでに知り合った、どの少年たちとも違う。そのことが、翼の目にも明確に映った。

 いっそ、このような場所にいること自体が信じがたいような、高等教育を受け、上流の階級出身者であることがひと目でわかる、怜悧で高潔な瞳をした優美な青年。彼もまた、ディックやデリンジャー、そして、最初に翼に危害を加えようとしたあの少年たちとおなじ世界に属す人間なのだということが、翼に少なからず強い衝撃を与えた。


「質問にお答えなさい、デリンジャー。その連中は、いったいなんなんです?」


 抑揚を欠く、冷気を帯びた厳然たる声が、威圧的に響いた。青年は、テリトリーを侵してのこのこと入りこんできた招かれざる訪問者への嫌悪と敵意を、隠そうともしなかった。


「ったく、るっさいわね。ボスの客よ」

「ボスの了承は得ていないはずです。勝手な真似はしないでいただきましょう。デリンジャー、最近のあなたのスタンド・プレーは、なにかと目に余るものがあります。こちらが静かに話をしているうちに、その連中をとっとと追い返しなさい」

「ああーら、なんだってこのあたしが、あんたなんかに命令されなきゃならないのかしらね。冗談じゃないわ、いったい何様のつもりよ。あんたのその偉そうな態度こそ、鼻に突くってもんだわ。あたしが従うのはボスの命令だけなの。あんたに威張り散らされる筋合いはないわ。この子たちのことなら、これからあたしが直接ボスに了解取るんだから、あんたはひっこんでてちょうだい。あたしのすることに、いちいち余計な口出ししないで」


 けんもほろろに言い返して、デリンジャーはつんとそっぽを向いた。そして、ハラハラと見守る翼とおもしろそうに見物していたレオを顧みて、いきましょ、と促した。

 美貌の青年は、きつい眼差しで翼たちを見つめたまま口許を引き結んでいる。デリンジャーは、その横をさっさと通りすぎると、建物の中に入っていった。


「い、いいの、デリンジャー?」


 あわててあとにつづいた翼が、不安をおぼえて尋ねると、すぐまえをすたすたと大股で歩いていた《セレスト・ブルー》のナンバー・スリーは、歩調をゆるめて青年を顧みた。


「いいのよ、心配しなくても大丈夫。びっくりしたかもしれないけど、この程度の口ゲンカなんていつものことだから、あんまり気にしないで」

「仲、悪いの?」

「そうね、よくはないわ。あいつ、タカビーで高慢ちきで嫌な奴でしょう? 立場が大体一緒だから、意見がくいちがって衝突することも多いのよ。でも、殺したくなるほど憎み合ってるわけじゃないから心配しないで」

「あ、うん……」


 後方を気にしながら歯切れの悪い返答をする翼に、デリンジャーは可笑しそうに笑った。


「まあ、天下の《セレスト・ブルー》のナンバー・ツーとナンバー・スリーがこれじゃ、驚くなってほうが無理かもしれないわね。でも、べつに派閥作って争ってるわけじゃないから、なんてことないのよ。いざってときは不思議と結束しちゃうし。ある意味それは、我らがボスの、偉大なる統率力の賜物たまものでもあるわけなんだけど」


 そして、さっきの質問の答え、とつづけた。


「あの人といるとね、年下とか年上とか、そんなのどうでもよくなっちゃうのよ。さっき、ディックのヤツも言ってたけど、人間としての格ってゆうか器ってゆうか、そーゆうのが全然違うわけ。だから、そういうことをさとっちゃうと、競争心とか対抗心てもんも、さっぱりなくなっちゃうのよね。だって、角逐かくちくしようにも、おなじラインに並ぶことさえできないんだもの。ムキになるだけバカバカしいじゃない?」

「だから配下におさまって、彼に従ってるの?」


 尋ねた翼に、デリンジャーはあっさり頷いた。


「そうよ。あの人のこと嫌いじゃないし、くっついてると、いろいろおもしろいこともいっぱいあるもの」

「ここにいる人たちは、みんなおなじ理由?」

「程度の差こそあれ、そうなるのかしらね、やっぱり。でなきゃ、あんな癖の強い連中、おとなしく他人の下になんてついてないわよ。とくに我が強くて、鼻っ柱の強い奴らばっか集まってんだから」


 その回答には、微塵の曇りもなかった。


「ディックが見せたような、彼への恐怖心からやむなく従ってる人はいないの?」

「そうね、そういうのも、それなりにはいるでしょうね。てゆうか、多少なりとだれもが、あの人にはそういう感情を抱いてると思う。ある意味、無情なまでに冷酷になりきれる人だから。でも、セレストの中には、イヤイヤしかたなく隷従れいじゅうしてる者はひとりもいないわ。なんていうか、恐い存在である以上に、他人を惹きつける人だから」


 さっきのうちのナンバー・ツーも見たでしょ?と、金髪の黒人は後方にチラリと視線をやった。


「あいつにとって、ボスの存在は絶対なの。あの心酔ぶりには呆れるものがあるわよ。人間関係、徹底的にドライで他人はいっさい受け容れないタイプだから、余計際立つのよね。あんな気位の高い、女王様気質な奴にまであれだけ惚れこまれたら、ボスも男冥利に尽きるんじゃない?」


 話題に出たところで、先程のやりとりを思い出したのか、その口調と表情が憤然としたものになった。


「まあ、そういうわけだから、あいつはボス以外の人間は問答無用で全否定だし、普段からあたしのすることなすこと、なにもかもが気にくわなくて、いろいろ難癖つけてくる陰険男なわけ。だから当然、あたしが連れてきたあんたたちのことも気に入らないし、きっとこれからも、嫌われはしても好かれることはないでしょうね。ただでさえ、あんたたちってふたりとも、もとからあいつに嫌われる要素持ってるし」

「要素って?」

「あのひねくれ者の冷血漢はね、女子供が大っっっ嫌いなの」


 一瞬考えこんだ翼は、それがひどい侮辱であることに気づいて抗議の目を向けた。


「僕、一応これでも、二十歳はたち過ぎた社会人なんだけど。それもたぶん、彼より年上」

「あーら、そうだったわねえ。しかも子持ちの既婚者。でも、文句言うなら、あたしじゃなくて直接シヴァに言ってちょうだいな。あたしは無実よ。ただ事実を、正直に言っただけだから」


 勝ち誇って高笑いするデリンジャーに翼は頬を膨らませかけ、そこでふと、あることに思い至って驚倒した。


「デリンジャーッ、女子供って、もしかしてレオのこと……っ!」


 本人よりよほどびっくりしたそのさまに、当の相棒が呆れ顔でこらこらとつっこんだ。


「なによ、その用心棒が女だってことぐらい、見抜けないあたしじゃないわ。食指がちっとも動かないんだもの、気づいて当然じゃないさ。シヴァの奴は本能で嗅ぎとったんじゃない? あいつの場合、嫌いかたが半端じゃなく徹底してるから」

「こいつはたまげたな」


 レオはそう言って、他人事のように口笛を吹いた。半分は称讃も混じっていたようである。


「たいしたことじゃないわよ、そんなの。だいたいね、あんたたちはいくら嫌われたって、一応あいつの認識する『人間』の範疇には入ってるんだからいいじゃないさ。あたしなんか人間未満。オカマってだけで、ゲジゲジかゴキブリなみに見做みなされてんのよ。あの、人バカにしきった小憎らしい態度! クソムカつくったらないわっ!」


 話しているうちに怒りが増幅されたのだろう。デリンジャーは握った拳をもう一方の掌に叩きつけてギリギリと歯噛みした。


「しかたないじゃない、シヴァは汚いものや醜いものも嫌いなんだから。デリンジャー、あんたの場合、ただのオカマってだけじゃなくて、ぶっさいくなオカマなんだから、一人前に人権主張するほうが間違ってんのよ。差別されて当然だわ」


 突如響いた、おそろしく怖いもの知らずな嘲弄に、翼はギョッとした。

 意地悪くわらう発言者は、階段わきで彼らの会話を盗み聞いていた黒髪の美女であった。深くスリットの入った深紅のドレスが白い肌に映え、挑戦的なトパーズの瞳が彼らを映して輝いていた。

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