第34章 幻惑の果て(5)
銃声が、すぐ背後で響いた。
その瞬間、少年は咄嗟に、すぐ横にいた仲間の躰を力いっぱい突き飛ばしていた。
「パット!」
先頭を走っていた人物が、振り返って叫んだ。
なんだかよくわからないまま、膝から力が抜けて、少年はその場に倒れこむ。その頭上で、さらに数発分の銃声が鳴り響いた。
「パット、パット! しっかりしなっ。こんなとこでくたばるんじゃないよ!」
抱き起こされて目を開ければ、そこには自分を覗きこむ、ふたつの顔があった。
「アニキ……」
「大丈夫、もうすぐだからね。翼が待ってるんだから、あんたも一緒に行くんだよ。わかってるね?」
「……うん」
頷いて、少年はもうひとりのほうへ視線を移した。
蒼褪めて、不安げに自分を見下ろしているもうひとつの顔。仲間が無事であることを確認して、少年は安堵の息をついた。
「パット、痛むかい?」
「平気。変だよな、オレ。撃たれたはずなのにさ、ちっとも痛くないや。けど、さすがにちょっと、疲れた、かも」
「そうだね。ここまで、よく頑張ってきたからね」
「──アニキ、オレ、ひょっとして、このまま死ぬんかな。なんか、いつ死んでもい…いやって、ずっと思ってきたけど、いざとなると、やっぱ、少し恐…いな……」
「バカ言うんじゃないよっ、死ぬもんか。あたしが絶対に死なせないからね! あんたはあたしの一番弟子なんだよ。あたしみたいなカメラマンになりたいんだろう? だったら、もっともっと、たくさん勉強しなきゃいけないことがあるんだからね」
「う、ん……、そ、だね……」
「嬉しいことも楽しいことも、これから先、いくらだってあるんだよ」
「うん。オレ、いままでロクでもない人生、だったけど、これから、アニキに褒めてもらえるよ、に、いっしょけんめ…、頑張る、よ」
レオの握った手を、少年はそっと握り返した。
「──アニキ」
「うん?」
「あの人、恕して、くれ、るかな……」
「翼かい? ああ、きっとね。あいつは気のいい奴だ。大丈夫、相棒のあたしが保証してやるよ」
レオの言葉に、少年は安堵したようにうっすらと笑みを浮かべた。
「パット?」
「あの、さ…、彼に、伝えてもらえる、かな。ほんとは、自分の口で言うつもり、だけど、なんかいま、すげ、眠くて……」
「もちろんいいよ。なんて伝えるだい?」
「ありが…って……。みんなでクッキー、焼いて、すげ…楽しかっ…た。いい、思い出、なっ……」
「パットッ」
すうっと眠りに落ちるように、少年の言葉は謐かに途切れた。レオが口唇を噛みしめ、顔を背ける。傍らに屈みこんでいたいまひとりの少年は、無言で立ち上がると背を向け、片腕で乱暴に両眼をこすった。
安らかな最期だった。




