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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第32章 悔悟(4)

「たしかにあいつがやったことは悪いことだよ? けど、それだって、あいつ個人の意思じゃねえ。裏にだれか黒幕がいて、そいつにいいように利用されてやらされたに決まってんだ。あいつに、そんな知恵も度胸もあるわけねえんだから。なのに、なんでそれで死罪なんだよ。あいつは必死でだれかを庇ってたし、ボスにだって逆らったよ? けど、いくらボスの命令だからって、手心加えてやるぐらい、してやったっていいだろ!? あんなチビじゃねえか。オレらの中に混じって、いつもビクついてた臆病なガキじゃねえか。なんでだれも大目に見てやろうとしねえんだよ。そんなん、あんまり可哀想じゃねえかっ」


 せきを切ったように、少年はこらえていた思いをぶちまけた。


「あんたの相棒には感謝してる。あんとき、あの状況で、あの人だけが本気であいつを庇ってくれた。あいつのことで真剣に泣いてくれた。結局オレだって、ボスが恐くてあいつを助けてやれなかったんだから、シヴァを恨む筋合いなんてないんだ。けど、それでもゾルフィンから、シヴァをうまくおびき出して捕らえたいって話持ちかけられたとき、少しくらい痛い目に遭わせてやれって、そう思ったんだ」

「──こう言っちゃなんだが、生前、ジャスパーがセレストのメンバーだったとき、格別おまえさんと親しくしてたようには見えなかったけどね」


 レオが指摘すると、少年は自嘲的な笑みを浮かべた。


「自分で見てくれのこと、どうこう言いたかねえけど、オレ、あんま人相よくねえしさ。顔にでっかい傷痕まであるから、怯えさせるだけだと思って近寄らねえようにしてた」

「それでも、気にかけてはいたんだね?」


 レオの問いかけに、パットは悄然しょうぜんと頷いた。


「なんか、あいつ見てると、ガキのころの自分にダブって見える気がして放っとけなかったんだ。家庭に恵まれなくて、親に虐待されてさ」


 その言葉を聞いた瞬間、ディックがハッとしたように息を呑んだ。


「オレの親父は、どうしようもねえ飲んだくれで、ロクな稼ぎもねえくせに、その金すら全部飲みしろにつかっちまうようなろくでなしだった。毎日浴びるように酒を飲んじゃ家族に暴力ふるって、おふくろも姉貴もオレも弟も、みんな生傷が絶えなくてさ。

 オレのこの額にある傷も、オレがまだうんと小せえガキの時分に、酔っ払った親父に酒瓶でしこたまぶん殴られて、かち割られた痕なんだ。そこらじゅう、それこそ血の海でさ。オレなんかショックで泣くこともできねえで半分失神しかけてたってのに、あいつはそれでも、笑いながらサンドバックみてえにオレのこと殴りつづけたんだ」


 このままでは殺されてしまう。12で家を飛び出した少年は、あちこちを転々としながら日銭を稼ぎ、ときにはスリや置き引きまでして、やっとのことで食い繋いだ。どん底の日々の中で、彼がようやく職に就けたのは15のとき。与えられた仕事は、飲食店の厨房の雑用係だった。

 わずかではあったが、きちんとした手当が支給され、住みこみという名目で寝る場所まで提供してもらえたことが、どれほどの救いになったかしれない。

 ゴミ溜めのような場所に埋もれるしかなかった日々にだけは決して戻るまい。その一心で、与えられた雑務を黙々とこなす働きぶりが、皮肉にも評価に繋がった。姉や弟に、甘い物のひとつも食べさせてやれたら。先輩の指導のもと、まかない料理など、少しずつ調理を許されるようになった彼が独学ではじめた菓子作りは、やがて店主にも認められるまでになった。


 人生で生まれてはじめて見いだした、希望の光。けれどもそれは、所詮、ひとときの甘い夢にすぎなかった。


 自立しようと懸命に働く息子の居どころを、父親はまんまと嗅ぎつけた。そして直後から、執拗に纏わりつくようになった。自分におなじ血が流れていることすら吐き気をおぼえる、浅ましいならず者。それはまるで、宿主と定めた相手の生命を吸い尽くす、寄生虫のようだった。

 頻繁に店を訪ねては酒代をせびり、要求に応じなければ見境なく大暴れする。あの悪魔がいるかぎり、自分の人生はメチャクチャになってしまう。世話になった人々にかける迷惑が忍びず、彼はとうとう店を辞めるところまで追いこまれた。

 思いつめた少年は、絶望し、自暴自棄になり、気がついたときには父親をその手で刺し殺していた。母親も姉も弟も、父親にさんざん非道い目に遭わされ、苦しんできたにもかかわらず、彼がいざその父親を手にかけてしまうと、今度はそろって彼を殺人鬼扱いした。あの父親の血を引いてるのだからしかたがない、と。


 だれも、彼を庇ってくれる者などなかった――



「――ジャスパー(あいつ)をはじめて見たとき、オレと似た境遇で生きてきた奴だってことはすぐわかった。いつも他人の目気にしてビクついてて、自分に自信がなくて。だからあいつが、あんたやあんたの相棒に懐いて楽しそうに笑ってる姿見たときは、ほんとに嬉しかった。これでこいつも、少しはマシに生きられるかなって思って」


 少年は、そう言って淋しげな笑みを浮かべた。


「アニキ、あいつは……、ジャスパーはさ、ほんとに死ななきゃなんなかったのかな。まだたった15かそこらでさ、やりたいことも、なりたいもんも、これからいっぱい見つけて頑張れるはずだったんじゃねえのかな。オレもそうだけど、ときどき思うんだよ。こんなつらいばっかの人生なら、なんで生まれてきちまったのかなって」

「パット……」

「ボスはさ、すげえカッコいんだよ。見た目もそうだけど、頭だって良くて、なにやっても完璧でスマートでさ。とにかく全部が、すげえキマッてるんだ。すげえな、カッコイイなってメチャクチャ憧れて、オレもあんなふうになれたらなって思うんだけど、実際に現実見ると、なんか虚しくなっちゃうんだよ」


 歪んだ笑みが、さらに歪む。


「ボスがジャスパーの奴始末したとき、なんかオレ、自分まで『おまえは要らない』って言われたような気がしたんだ。シヴァに復讐して、仇討あだうちがしたかったってのはたしかなんだけど、でも、ほんとはちょっとだけ、逆恨みとか、やっかみなんかも混じってたんだと思う。だって、あいつも完璧じゃん? オレもボスに……、だれかに認めてもらえる、必要な人間に、なりたかったんだ……」


 膝に顔をうずめ、両腕で頭を抱えこんだまま、少年はいつまでも動かなかった。

 さっきまで怒りを爆発させていたディックも、むっつりと黙りこんでいる。その彼が、険しい目線を前方に据えたまま、ボソリと言った。


「てめえばっか不幸とか思ってんなよ。おまえの裏切りのせいで《シリウス》の大将は死んじまったんだ。カスは、所詮どこまでいったってカスなんだよ。そんでも生きてるもんは、しょーがねえじゃねえかよ」


 ディックは、吐き捨てるように言う。


「――大将は、オレの目標だったんだ。てめえがきっちり罪滅ぼしするまで、オレはてめえを、ぜってえに恕さねえからな」


 突き放したような非情なその言葉が、それでも少年にとってのささやかな救いであることが、レオにはやりきれなかった。

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