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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第32章 悔悟(3)

 レオを先頭に、3人は最上階を目指して全速力で廊下を走り抜けた。だが、いくつもの区画を通り抜け、通路が交差する手前にさしかかったところで、レオはその足に急ブレーキをかけた。

 咄嗟に周囲を見渡した女傑は、少年たちとともにすぐわきのダクトに飛びこむ。直後に、複数の足音が、殺気を帯びた気配を撒き散らしながら通りすぎていった。

 扉を閉じたダクトの内側で、彼らは息を殺してそれをやりすごした。

 空調設備専用と思われる配管内部はそこそこ広く、中腰程度での移動が可能なようにできていた。追っ手をやりすごすあいだ、3人はしばし壁面に躰を預けて座りこみ、消耗した体力の回復をはかった。


「ふえー、きっつー」


 ゼイゼイと息を喘がせながら、レオの横でディックが天井を仰いだ。


「若いのが情けないこと言ってんじゃないよ。あたしよりバテてんじゃないか」

「アニキの怪物じみた体力と一緒にすんない」

「日頃の鍛えが足んないのさ」


 拗ねて口をとがらせる舎弟に、レオは莞爾と笑ってみせた。


「あーあ、早く翼に会いてえな。敵に見っかって、ヤバい目に遭ってなきゃいーけど」

「そのための陽動だろ、あたしらがこうやって派手に動いて、敵の目を引きつけてるのは」

「そうなんだけどさ。あいつ、妙なとこで要領ワリィから」


 少年の言うこともなかなか正鵠せいこくを射ているため、レオは苦笑した。


「大丈夫だろ。向こうには軍曹がついてる。なまじな護衛より、よっぽど心強いよ」


 答えたあとで、ふと、いちばん奥で黙りこくったままのもうひとりの少年のほうへ視線を移した。


「パット、どうかしたかい? どこか怪我でも?」


 レオが声をかけると、額に傷のある強面こわもての少年は、ビクリとして顔を上げた。


「どうした?」

「あ、いや、オレ……、その……」


 小さな動揺を見せ、パットは言いよどんだ。それでも内心で、懸命になにかと闘っている様子が窺える。その心中の葛藤を察して、レオは彼の言葉を待った。

 少年がなにについて触れようとしているのか、おおよその見当はついた。だが、彼の抱えている複雑な事情まで、量ることはできなかった。

 言うことができなければそれでもいい。レオはそう思っていたが、パットはやがて、意を決したように目線を上げた。


「アニキ、オレ、アニキに謝らなきゃなんねえことがあるんだ。なんのことか、もうわかってるかもしれないけど、ずっと謝らなきゃって思ってて、だけど、なかなか言い出せなくて……」

「──翼のこと、だね?」


 両の拳をかたく握りしめている少年を見つめたまま、レオは静かに言った。パットは表情を硬張らせた直後、狭いダクトの中で、額を床に擦りつけるようにして土下座した。


「ごめんっ! ほんとにすいませんでした。謝ってゆるしてもらえるようなことじゃないのはわかってるけど、でも、もしこれで、あんたの相棒になんかあったら……。オレ、自分テメエの生命と引き換えにしてでも絶対助け出してみせるからっ」

「パット、いい。だれも、あんたひとりの責任なんて思っちゃいない」

「けどオレ、なんてバカなことしちまったんだろうって、あとんなってさんざん後悔して、あんたにも、あんたの相棒にも申し訳なくて……」


 地に額をこすりつけて、パットは必死で謝罪の言葉を口にする。そんな仲間の様子を、唖然とした表情で見下ろしていたディックがそこで口を挟んだ。


「……なにそれ、おまえ。それってもしかして、おまえのせいで翼が誘拐されたとか、そーゆうこと?」


 ディックの質問に、少年は頭を上げ、項垂うなだれたまま無言で頷いた。


「な、んだよ、それ……。どうゆうことだよっ!」

「ディック、よしな」


 逆上する弟分を、レオが鋭く叱咤した。だが、ディックは怒りを爆発させて相手に掴みかかった。


「っざけんなよ、この裏切りモン! てめえ、よくそれで味方ヅラして、のうのうとここまで来れたな。なにがゴメンだよ、笑わせんなっ。そんなん、謝って済む問題じゃねえだろっ! てめえのせいで、どんだけの仲間が死んだと思ってんだよ。簡単に生命懸けるとか言いやがってよ。だったら、いますぐこの場で死んでみろよっ。さっさと償えっ!」

「ディック!」

「アニキ! アニキも知ってたんなら、なんだってこんな奴、仲間扱いしてたんだよ。翼はこいつのせいでヒデエ目に遭ったんだぞ。なのに、なんでこんな奴庇うんだよっ!!」


 いまにも殴りかかりそうな勢いのディックを、レオは強い力で引き剥がした。


「仲間割れしてるときじゃないだろ。少し頭を冷やしなっ」

「仲間じゃねえよ、こんな奴っ。だいたい、信用なんてできるわけねえじゃん。簡単に敵に通じるような卑怯モンのくせしやがって、ムシがよすぎんだよ。こんな芝居してオレら油断させときながら、いつまた罠に嵌めようとするかわかんねえじゃんか! 甘すぎだぜ、アニキ。見損なったよっ」

「あたしを見損なうのは勝手だけどね、一方的にパットを責めて、卑怯者扱いするのは許さないよっ。撤回しな」


 いつになくきつい語調でレオはディックを叱りつけたが、少年は反撥の色を隠そうともしなかった。不快げに黙りこくって、険しい表情のままそっぽを向く。


「オレ……、もしふたりが一緒に行動するのが嫌なら、ここで抜けるよ。もちろんそれでバックレたりしないし、あんたたちが少しでも安全なように、できるだけたくさんの敵引き受けて、足止めしとくから」

「るせーよ、裏切り者。調子っくれてカッコつけたこと言ってんな。てめえの言うことなんざ信用できねえっつってんだよ」


 敵意を剥き出しにするディックの罵言に、パットは口唇くちびるを噛みしめた。そんな少年に、レオは穏やかに言葉をかけた。


「パット、あたしはね、あんたを責める気は毛頭ないんだよ。たしかにセレストが襲撃されたあの晩、病室のすぐそばであんたと鉢合わせしたし、そのときの様子を見て、あんたがなにをしたか予想はついた。けど、それを伏せてルシファーにも黙ってたのは、なにもあんたを庇ったり、無言で非難してたからじゃない。あたしはね、翼が攫われた原因は、もっと別にあると思ってる。そいつをいま、探ってる最中なんだ」


 意外そうに目を瞠る少年に、レオは穏やかな語調同様、落ち着いた眼差しを向け、頷きかけた。


「あのときのことをあんたが悔やんで、ずっと苦しんでたことも知ってる。だからかえって、そっとしておいてやろうと思ったんだ。だけど、あたしがあんたのしたことを黙殺したことで、余計つらい思いをさせちまったんだとしたら、可哀想なことをしちゃったねえ」


 いたわりに満ちた言葉が胸に染みわたる。同時に、少年の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「アニキ、ごめん……。オレ、ほんとにあんたの相棒を酷い目に遭わすつもりじゃなかったんだ。ほんのちょっとだけ利用させてもらうつもりで、すぐに返してもらえるはずだった。重病人だから、ムチャはしないって約束だったんだ。復讐に目が眩んで、ゾルフィンなんて、あんな悪魔みたいな気狂きちがいヤロウの甘言、まともに信じたオレが馬鹿だった。けどオレ、どうしてもゆるせなかったんだよ。シヴァだけは、絶対恕せなかったっ。せめて、せめてだれかひとりぐらいジャスパーのかたきとってやんなきゃ、あいつが可哀想じゃないかっ!!」


 それは、血を吐くような告白だった。

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