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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
152/202

第32章 悔悟(2)

 かすかに上がった息を整えて構えを解いたレオに、カンフー映画の俳優なみの大技を決めた人物が近づいてきて、親しげに声をかけた。


「俺は《黒い羊》の副将を務めるボルゲーゼだ。あんたがレオか?」

「ああ、そうだ。おかげで助かった、礼を言う」

「なに、いってことよ。好きでやってることだ、気にしないでくれ。うちの連中にしても、血の気の多い輩が集まってるからな。たまに発散する場を与えないと、フラストレーションが溜まっていけねえ」


 ボルゲーゼは呵々(かか)と大笑した。『鬼神』の異名をとる男の傘下でナンバー・ツーを張るだけのことはあって、その器量になみなみならぬものを感じさせる人物だった。

 これがたまにって頻度かよ、とは、こちらもひと段落した一の子分のぼやきであるが、レオは聞かなかったふりをした。


「もうしばらくすれば、ラフとジュール、うちの両大将も参戦するはずだ。おたくらは予定どおり、最上階うえへ上がって仲間と合流してくれ。あとのことは俺たちが引き受ける」

「わかった、よろしく頼む」


 短時間のあいだに段取りを確認しあって、双方はふたたび戦闘へと戻った。

 ジュールがうまく翼を救出していれば、じきに翼も、別ルートからシヴァの許へ向かうはずである。その彼を擁護して、頃合いを見計らって戦線から離脱。そのような手筈となっていた。

 だが、レオにはそのまえに、もうひとつだけ確かめなければならないことがあった。


 自分の取り越し苦労であったなら――あるいは、もしそれが事実であったとしても、事態が途中で好転してくれたなら……。



「アニキ、翼の奴、無事かな」


 レオと背中合わせの格好で敵と対峙していたディックが、肩越しに振り仰いで心配そうに言った。


「大丈夫だろ。翼にはルシファーがついてる」


 待っていた通信は、狙ったようなタイミングで、そのルシファーから直接入った。


「レオ、翼が中央塔そっちへ向かった。いま、ザイアッドに送り届けさせてる。それから例の件(・・・)も承知した。ただし、単独行動はするな。結果の有無にかかわらず、定期連絡も怠らないこと。それが条件だ」

「了解。恩に……、着るぜ!」


 応えて通話を切るタイミングで、レオは体格に見合った長い足をたかだかと蹴り上げた。襲いかかってきた敵が、その蹴りをくらって吹っ飛び、数メートル先の壁に叩きつけられる。


「よし、あたしらもそろそろ切り上げるよ」


 少し離れた場所にいるパットにもわかるよう合図をすると、少年は承諾の意をこめて小さく頷いた。


 3人の脱出を幇助ほうじょするため、ボルゲーゼがただちに配下の少年たちを指揮して巧みに布陣する。吹き抜けになっているエントランス・ホールの階上から、幅広の白いロープのようなものがいくつも投げ落とされ、回廊越しに仲間の少年が合図を送ってよこした。ボルゲーゼは、それへ頷きを返す。そして、階下で待ちかまえていた者たちが、落ちてきたロープの先端を受け止めるのを確認した直後、


「撃てっ!」


 命令一下、最前線で陣を張る少年たちの構えていた催涙砲が、いっせいに火を噴いた。

 不意打ちで多量の薬を浴びた男たちが悶絶する。その間に、少年たちはあらかじめ準備していた防護マスクを手早く装着し、散布剤の影響が少ない位置まで速やかに後退していた。その間、わずか20秒足らず。彼らの行動は、じつに周到で無駄がなかった。

 入れ替わりに、先程の白い幅広のロープ――それはビルの防火装置から引っ張ってきた放水専用ホースだった――を構えた者たちが進み出る。そして――


「ぎゃあぁぁぁぁぁっっ!!」


 一瞬の間を置いてホースから噴出した水、あるいは消化剤に全身を叩かれた男たちの口から、断末魔とも思える悲鳴があがった。凄まじい威力と水圧に叩かれた男たちは、為すすべもなく次々に弾き飛ばされていった。


「ほらほら、早く逃げないと水鉄砲くらっちゃうぜ!」


 放水担当の少年たちは、じつに嬉々としたものである。しかし、狙われるほうにしてみればたまったものではない。視界を奪われ、呼吸困難まで起こしかけた挙げ句、その前段階で布陣と見せかけてまんまと1カ所に集められてしまっている。的にしてくださいと言わんばかりの悪条件の中、外側にいる者たちは皆、自分がいつ狙われるかわからない恐怖に駆られて味方を突き飛ばし、我がちに奥へ奥へと逃れようとする始末だった。こうなるともはや、戦闘のエキスパートもなにもなかった。


 内側にいる者は外へ逃れようとし、外にいる者は懸命にそれを押しこんで中へ潜ろうとする。涙と鼻水、消化剤にまみれ、視界が利かない中で揉み合いながら、倒れた者は容赦なく踏み潰され、後ろから来た者はさらにそれにつまずいて倒れこむ。いちばん外側で標的になった者は、背骨を砕かれるような圧の水に弾かれ、あるいはぎ倒されていく。

 悲鳴と怒号が入り乱れる大恐慌の中、7、80人の男たちの団子ができたところで、ふたたびボルゲーゼが階上に向かって合図を送った。それを受けた仲間の少年が、専用の器具を使って網を投下する。頭上から降った巨大な網は、大きくひろがって正確に集団の上に覆いかぶさった。


「すげえ……」


 2階の回廊からそれを眺めていたディックが茫然と呟いた。


ほうけてないで、こっちも行くよ。こっからが正念場だ。気ィ抜いたら最後だと思いな」


 そんな舎弟に向かって、レオはすかさず檄を飛ばした。

 頃合いよしと見た赤毛の女傑は、ふたりの少年を引き連れ、戦線からしりぞく。おなじく階下の混乱から免れたSGが、目敏くそれを見つけて追撃にかかった。

 男たちの銃が、躊躇ためらうことなく逃亡者らを狙って火を噴き、乱射された。


「うわっ!」


 唸りをあげた銃弾が耳もとをかすめ、ディックは走りながら咄嗟に首を竦めた。運良く弾道は逸れ、ことなきを得た少年はホッと安堵の息をついた。

 そんな脱出組の行く手を阻まんとする男たちの進行をすかさず妨害して、一手に引き受けたのはボルゲーゼである。これまでの戦いぶりからも、その手並みが見事であったことは言うまでもない。スラム高位グループの副将としての有能さを示すように、後背からの攻撃はほどなく熄んだ。

 おかげで3人は、労せずして戦線から離脱することに成功したのだった。

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