第31章 再会(4)
ルシファーたちとふたたび別れてシヴァの許へ向かう道すがら、翼はビッグ・サムの死について考えこまざるを得なかった。
自分が記憶するかぎりにおいて、健在だったはずの彼の青年が、すでにこの世にはいない。そのことを実感するのは、難しかった。戦闘中の不慮の死ということであったが、あれほどの人物が、配下もろとも敵弾に斃れたからには、相応の状況下にあったに違いないのだ。
海辺で襲撃を受けて以降の記憶がないにせよ、彼の死が、自分とまったくの無関係であると楽観視するのは、むしがよすぎる気がした。
「あいつも苦労性だな」
唐突に耳に飛びこんできた呟きに、翼は顔を上げた。
すぐわきを並んで歩く男の目線が落ちてきて、物問いたげな表情を浮かべているであろう自分のそれとぶつかる。男は、その意を酌んで、ルシファーのことだよと応じた。
「さっきの話だけどな、あんま深刻に考えなくて大丈夫だぞ」
翼の考えを見抜いたようにザイアッドは言った。
「人間なんてのは、いつまでもおなじところに留まっちゃいない。ルシファーやおまえが心配するほど、エリスは弱かねえよ」
慰めとも励ましとも取れる言葉をどう受け止めたものか判断しかね、翼は戸惑った。その頭を、男のあたたかみのある手が乱暴に掻きまわした。
「自分のせいで他人を死に追いやっちまったんじゃねえか、なんて余計なこと考えて、思いつめんじゃねえぞ。ルシファーの奴も言ってただろうが、責任云々を個人におっかぶせたってはじまらねえってよ。あの兄ちゃんは、ちょっとばっか不運だった。それだけのこった」
「でも──」
「心配しなさんな」
言って、男はかすかに笑った。
「悔やんだところで、いまさら起こっちまったことを取り消すことはできやしねえ。死んだ奴も、二度と生き返らねえ。エリスは、だれよりそれを理解してる」
「…………」
「この件に関わった全員が、それぞれの良心を基準に自責の念に駆られたところで生み出すもんはなにもねえ。冷淡な言いようかもしれねえが、そうゆうのは結局、生き残った奴の感傷でしかねえんだよ。あいつはよ、そこらへん、自分なりによくわかってんだよ」
ザイアッドは淡々と言葉を紡いだ。
「悔やんだってはじまらねえ。そうは言ったが、ほんとは自分自身をいちばん責めたのはあいつだったろう。自分の人生に関わらせなければ、あの兄ちゃんは死なずに済んだ。そしてあいつ自身も、大切なものを喪わずに済んだはずだったんだ。
世の理なんてのは皮肉なもんで、大切なものほど、失くしてはじめてその価値や重みに気づくよう仕組まれてる。自分の手から零れ落ちてしまったからこそ、二度と戻らないそいつの、本当の価値がわかるんだ」
この人は、いったいどんなものを、その指の透き間の彼方へ零してきたのだろう。
男の話にじっと耳を傾けながら、翼は思った。
達観した物言いの根底にひそむ感情は哀惜、もしくはそれに類する想い。男はそれを、否定することも、そこから目を背けることもせずに生きてきた。
その在りように、鮮烈ともいうべき靭さを感じた。
「喪うものがなくなった奴はつえーぞ」
男は愉しげに言った。
「生きつづけること。すべてのしがらみから解き放たれて自由になること。それが、あの兄ちゃんがあいつに託した真実の望みだった。あいつはようやく、それを真っ正面から受け止める気になったんだ。自分ひとりのぶんだけでも重たすぎる人生を、あいつはふたりぶん、あの兄ちゃんのぶんも背負ってく覚悟を決めた。肚を括っちまったら、怖いものなんざなにもねえ。心配しなくとも、あいつはもう大丈夫だよ」
男は、そう締めくくって清やかに笑った。




