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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第29章 決行(7)

 突如、あたりに悲鳴のように響きわたった警報ベルの音に、翼はハッとして顔を上げた。

 外の様子を窺っても、騒がしいばかりで事情は掴めない。だが、翼の中で閃くものがあった。

 脇机に置かれた数枚のメモ紙を手に取り、視線を落とす。そして、それを握る手にぐっと力をこめると、彼は意を決して部屋の外へ滑り出た。


「警戒態勢レベルX。ただいま、警報装置発動(もと)を調査中です。お近くの係員の指示に従い、いましばらくお待ちください。警戒態勢レベルX。ただいま──」


 館内のスピーカーから、コンピュータ独特の抑揚のない音声が繰り返し流れている。


 おそらく、自分の勘は正しい。


 ルシファーの計画を知らない自分に目的地を定めることは難しかった。だが、それでも行けるところまで行ってみようと思った。



「新見さん、どちらへ? 危険ですからお部屋に戻ってください。新見さん!!」


 廊下の向こうからやってきた看護士たちが、翼を認めて追ってきた。

 身をひるがえした翼は、近くの非常階段ホールに飛びこんで数階分を駆け下りた。背後の様子を窺いながら、廊下に戻って入り組んだ通路を走り抜ける。警報装置の発動により、非常用シャッターがいくつか下りたためか、進路がやや制限されて、メモ紙に描いた手書きの地図の数枚が役に立たなくなった。

 病み上がりの衰えた体力での逃走は、覚悟していた以上にこたえた。背後に迫る足音を聞いて、翼は狭い通路の柱の影に飛びこむ。あがる息を懸命に殺し、身をひそめて追っ手をやりすごした。そして、来た道を少し戻ってエレベーターに乗りこんだ。複数の階層を指定しておいて途中の階で降り、また廊下を進んでは非常階段を使って階下を目指す。

 それを何度も繰り返して、ようやく中央塔の2階まで下りてきた翼は、あたりを見まわして方角を定めると、迷うことなく左側の、建物の裏手にまわる道を選んだ。


 ルシファーに会える確率がもっとも高いのは、敷地内のホテルに向かうこと。そのためには、エントランス右手の通路を使えばいい。だが、そのぶん人目にもつきやすくなるということである。ホテルでは、いままさに、グレンフォード財閥創設以来、最大規模ともいえる式典が執り行われようとしているところだった。警備の目が厳しければ、それだけ自分の存在も注意を引くことになる。そうなれば、捕らえられる危険性も高まることは間違いなかった。


 翼は中央塔から、美術館として開館予定の建物につづく連絡通路を抜けた。その外周をまわって、閑散と人気のないショッピング・モール、そして空中庭園を通りすぎる。コンベンション・センターの中央広場まで出ると、いくつか分岐した歩道のうちの1本を選んでひとつの建物を目指した。


《旧世界》の行政区であるセントラル・シティと直結し、広大な施設内全域に巡らされたレール上を往来する高速シャトルの発着場。

 施設内、もしくは《旧世界》いずれの《空港》を利用するにせよ、今日の招待客は皆、移動手段にリムジンを利用するはずである。だが、各報道機関も多数集まっている関係上、シャトルの運行が開始している可能性は高かった。その駅の周辺であれば、おそらくは無人タクシーをつかまえられる。それが無理なら、駅の連絡通路をさらに抜け、その先にあるゴルフ場などを併設したアミューズメント・パークまで行けばいい。なんらかの乗り物は、そこで調達できるだろう。

 とにかくいまは、行けるところまで行くしかなかった。


 追っ手の存在を気にしながらシャトルの発着場へ向かった翼は、そこに1台だけ待機していたオート・ドライブのタクシーを見つけて、ほっと安堵した。

 IDチップの情報を読みこませるため、後部座席のパネルに携行していた小型端末を近づける。死亡のニュースが大々的に報じられたあとで、個人認証が可能かどうかはわからなかった。この際、一か八かの賭である。


「目的地をご指定ください」


 情報を受信した音声対応のコンピュータが、ほどなく作動した。


「《旧世界》港湾北第な──」


 港湾北第7ブロック。

 スラムの中心地、セレストの拠点がある地域を指定しようとしたとき、4人掛けになっている後部座席の後列から、翼の口を塞ぐ手がニュッと伸びて、その自由を奪った。


「いけないなあ、そんな危ない場所に独りで行ったりしちゃ」


 低い声が耳もとで囁いて、翼の背筋を冷たい汗が流れ落ちた。

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