第29章 決行(1)
壮麗を極める真新しいホテルに、きらびやかな正装に身を包んだ貴顕淑女が続々と到着する。その華やぎが、エントランスやホール、控えの間、メイン会場にあたる大広間に絢爛たる彩りを添えていった。
正面玄関で貴賓を出迎えるドアマンたちの物腰も、優雅で洗練されており、抑制の利いた微笑を湛えて完璧な応対をこなしていた。
黒塗りのリムジンがまた1台、正面に横付けにされる。至近に控えていたドアマンが、慣れた仕種でそのドアを開け、到着した新たな招待客を慇懃に迎え入れた。
すらりとした長身の、精悍な貌立ちをした美丈夫がまず降り立つ。
「いらっしゃいませ」
ドアマンは、さりげなく手もとの通信機をチェックして、男の身につけたカフスボタンの発する信号からその身分を確認した。専門の訓練を積んできた接客のプロの態度が、途端にあらたまった。半瞬だけ表出した、緊張を帯びた畏まった空気。
対応レベルを即座に最上クラスのものへと切り替えた彼は、男に対し、他の招待客にもまして、極めて鄭重に歓迎の意を表した。
つづいて彼は、男が伴ったパートナーにも恭しく右手を差し出す。その手に軽く添えるように、シルクの手袋を嵌めた長い指先が載せられた。
車内にいた人物が、ふわりとした足取りで降り立つ。ドアマンは、同伴者である夫人にも同様の、恭謙を極めた営業用スマイルを向けかけ――
彼の思考は、しかし、そこで完全にストップした。
連れ合いに相応しく、これまたほっそりした長身の貴婦人は、周辺にいた人々の視線をすべて釘づけにし、なおかつ、讃歎の溜息をつかせるほどの美貌の持ち主であった。
シルバー・ブルーの、シックで、それでいてゴージャスなイブニングドレスを身に纏った高貴な女性。
装飾品である首飾りとティアラには、ダイヤとサファイアが惜しげもなくふんだんに鏤められ、耳もとには巧みな細工のプラチナとブルー・ダイヤのイヤリングを煌かせている。
黄金の髪を豊かに結い上げ、身につけた宝石以上に見事な耀きを放つ青紫の瞳を縁取る長い睫毛は、透明な湖面にやわらかな影を落としていた。
透きとおるような大理石を思わせる肌と対照をなした薔薇色の口唇。花びらが描き出したかのようなその口許に、艶冶な微笑を浮かべ、神々しいまでの美しさで周囲を圧倒しながら登場した貴婦人は、さながらミューズの化身のようであった。
しばし彫像と化していたドアマンは、高貴な宝石を思わせる青玉の瞳に見据えられ、仕事も忘れて真っ赤になって狼狽えた。
「あ、よっ、ようこそお越しくださいましっ…た」
しどろもどろになるドアマンに優艶な微笑みを投げかけて、絶世の美貌を誇る貴婦人は、優雅な足取りで自分を待つ男の許へ歩を進めた。夫のエスコートを受けて、しなやかな肢体が建物内へ消えていく。その後ろ姿を、ホテル従業員をはじめとする、その場に居合わせたすべての者の視線がうっとりと見送った。




