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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第3章 取材活動(3)

「焦ったってしょうがないよ、翼。はじめからなにもかも、うまくいきっこなんてないんだからさ。時間はまだある。気長にいこうぜ」

「あ、うん」


 ぼんやりと手もとの端末を眺め、その向こうに透けて見える事実に思いを馳せていた翼は、相棒の慰めに我に返り、頷いた。


 知り合った少年たちの中で、彼を知らぬ者はひとりとしていなかった。それどころか、彼の傘下におさまっている者さえ、ひとりふたりではなかった。それでも翼は、彼との距離をどうしても縮めることができずに、二の足を踏みつづけていた。

 ひと筋縄でいく相手ではない。シュナウザーの忠告の意味は、こういうことだったのだ。

 歯がゆさとともに、直面している現実を痛感する。


 少年たちにとって、彼はすでに、神にも等しい存在だった。


 尊敬、崇拝し、憧れてやまぬ至高の存在。

 そして彼らが、もっとも畏怖する至尊の存在。


 彼らから情報を得ることは困難を極めた。少年たちとのあいだに、ある種の気安さが生じてからも、彼らがもっともタブーとする領域に少しでも踏みこもうとすれば、彼らはたちどころに口をつぐみ、一様に警戒を強めてよそよそしくなった。


 一見、メチャクチャなようでありながら、彼らのあいだには、それなりのルールが存在する。独自に築き上げた掟に最上の敬意を払い、それを守ることで、スラム内の秩序は保たれていた。


 その少年たちが共通して不可侵とする領域――それが〈彼〉だった。



アニキ(・・・)の言うとおりだぜ、翼」


 消沈する翼の横で、ディックという名の少年が、さも可笑しそうに、からかい口調で口を挟んだ。


「あの人にそう簡単に近づけるなんて思われちゃ困んだよ。おそば近く付き従ってる領袖かんぶ連中ならともかく、オレたち雑魚ざこにゃ、恐れ多くてとても近寄れねえ。そんくらい遙か彼方、雲の向こうにいる遠い存在だかんな。直属のそのの下とはいえ、一応縄張り任されてるオレですら、いまだに声ひとつかけてもらったことすらないんだぜ? 部外者なんぞにそうホイホイ入りこまれたんじゃ、オレたちのメンツが立たねえよ」


 もっともな指摘に、翼は苦笑を漏らした。


 ディックは、《ブラッディー・サイクロン》というグループのリーダーで、スラム南東の区域を取り仕切っている19歳の少年だった。

 ショッキング・ピンクの頭髪を、トップだけを立たせて短く刈りこみ、両耳の縁にはたくさんのピアスを並べて嵌めこんでいる。何重にも連なった腕輪やネックレスは、動くたびに騒々しい音をたて、ラフに羽織ったジーンズの破れ目からは、髑髏ドクロのおどろおどろしいタトゥーが見え隠れしていた。


 出会った当初こそ、その外見に畏縮してろくろく口も利けなかった翼だが、知り合ってみれば存外気のいい、人懐っこい性格の持ち主で、最近では翼たちがスラムに現れるたびに行動をともにするようになっていた。こちらから頼んだわけでないのだが、気まぐれに周辺を案内してくれたり、ときには彼の口利きで取材に応じてくれる少年もあったので、この街になんの足がかりもない翼たちにとって、ディックの存在は非常にありがたいものだった。


 もっとも少年のほうでは、最大の関心事は翼ではなく、もっぱら、その相棒のほうにあったようである。

 突然自分たちのまえに現れた、毛色の変わったふたり組を、ほんの遊び心でからかってやろうと手下どもを差し向けたところ、連中は思いのほか呆気なくカメラマンふうの用心棒に捻り潰されてしまった。鮮やかな手並みに深い感嘆をおぼえて、みずからが対峙してみれば、レオと名乗るその人物は、正真正銘、掛け値なしの女なのだという。その意外性と腕っぷしの強さにすっかり惚れこんで、以来彼は、レオをアニキ、アニキと呼び慕ってついて歩くようになったのである。

 慕われるほうにしてみれば、はじめはかなり複雑だったようだが、まともに取り合ってもしかたがないとすぐに割りきったのだろう。いまではあっさりその呼び名も受け流し、奇妙な舎兄・舎弟関係を受け容れるようになっていた。


「なんでもいいけど、随分ご大層なタマじゃないか。ガキの分際で取り巻きだの幹部だのって勿体ぶっちゃってさ」


 レオは、たいして気のない声で呟いて肩を竦めた。その言い分に、珍しく気色けしきばんだのはディックである。如何に敬愛する兄貴分といえど、この暴言だけは聞き捨てならないと言わんばかりにレオを睨みつけ、ムキになって反論した。


「アニキは実際に、あの人を見てないからそんなことが言えんだよ。世の中に偉い奴はゴマンといる。綺麗な奴も、頭のいい奴も腐るほどいる。けど、なんていうか、あの人はそんな奴らとは格が違うんだよ、全然。マジで別格なんだって。オレ、頭ワリィから、こーゆうの、なんつっていいかよくわかんねえけど、でも、《ルシファー》がそこいらの、ちょっとばっか頭がよくて腕っぷしがつえーだけの、ただの半チクなガキじゃねえってことだけは自信持って言いきれるぜ。翼ならわかんだろ、オレの言いたいこと」


 興奮してうっすらと朱を刷くその頬に、そばかすが濃く浮かぶ。年齢相応の少年らしさが、グループのリーダーとして斜に構えた態度をとる普段とは異なり、やけに可愛らしくみえた。


「うん、もちろんわかるよ。じゃなきゃ、僕だってこんなに必死になって彼を追いかけてない」

「だよな。そうなんだぜ、そうなんだよ、うん。ま、所詮《ルシファー》にナマで会ったこともないアニキにゃ、なに言ったってわかんねえだろうけどさ」


 あてつけがましく言われて、レオはわかったわかったと白旗を揚げた。


「あたしが悪かったよ。もうあんたたちのボスを侮辱するようなこた言わないから、その辺で勘弁しとくれ」


 諸手もろてを挙げて降参するレオに、少年はようやく納得してほこをおさめた。


「それにしても、みんなどうして彼のこととなると、あんなに態度が豹変するんだろう」


 ここ数日歩きまわった結果突きつけられた現実に、翼は深まる疑念を口にした。相棒と少年が、同時に彼を顧みる。


「ボスを護るためっていう理屈はわかるんだけど、いくらなんでも反応が過剰すぎない?」

「ああ、そいつはあたしも感じた。どいつもこいつも急に顔つきが硬張こわばって、そそくさと逃げちまうんだからね。でなきゃ、やたら闘争心剥き出しにして威嚇してくるか、もしくはなにかに怯えたみたいに、頑なに知らぬ存ぜぬの一点張りで押しとおす。これでなんにもないって考えるほうがどうかしてるってもんだぜ。なあ、ディック?」


 雲行きが怪しくなったのを感じて、それこそ『そそくさ』と逃げる態勢に入っていた少年の首根っこを、腕自慢の頼りがいのある相棒がすかさずひっつかんだ。


「うわっ、なっ、なんだよ、アニキッ! よせって! オレ、なんも知らねえってっ」

「そのセリフはもう聞き飽きたっつってんだよ。いいから知ってること、洗いざらい吐きな」


 たくましい片腕に動きを封じられてジタバタともがいていた少年は、おそろしく迫力のある両眼に睥睨へいげいされて、いまにも泣きそうな情けない顔をした。

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