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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第28章 事前準備(1)

 ひょんなことから《セレスト・ブルー》に滞在することとなった新見ジェーンは、その夫以上に伸びやかで柔軟な性質の持ち主だったようである。

 慣れない環境で夫の身を案じながら窮屈な生活を強いられる日々に、彼女の精神が疲弊してしまうのではないか。レオなどはそう危ぶんでいたのだが、それはまったくの杞憂にすぎなかった。ジェーンは、レオですら想像もつかなかったほど呆気なくスラムでの日常に順応してしまった。


 デリンジャーともすっかり意気投合し、唯一の女同士ということもあってか、おなじくグループに居座っているクローディアともすでに、十年来の親友のような親しみぶりである。挙げ句に、比較的身近に接するグループの少年たちすらも、弟のように従えてしまう始末であった。


「とんだ跳ねっ返りだな」


 グループのボスは、その様子を呆れたように見ていたが、ジェーンがグループ内の秩序を乱さないかぎりにおいて、自由に振る舞うことを甘受していた。

 はじめこそ威勢よくルシファーに喰ってかかり、その顔に平手打ちをお見舞いしたジェーンだったが、それである程度発散して気がすんだのだろう。以降はなにごともなかったかのように、むしろ親しげな様子でルシファーにも接してくるようになった。



「それでね、そのときの翼の顔ったらないのよ」

「わかるわかる、男って、とことんそうゆうのに弱いのよね」

「あら、新見ちゃんの場合、とくにそうなんじゃない? 純真を絵に描いたような子だもの。いまどき珍しいぐらいよ。その点、うちのボスなんて全然ダメ。あの年ですっかり世慣れちゃって、ちっとも動じないの」

「そうそう、まるで可愛げがないのよね、ルシイって。いったいいくつだっての。男は何歳になっても、弱みを見せてくれるような可愛い部分があったほうが魅力的よ。その点、おたくの旦那さんなんて理想的じゃない」

「えー、やだぁ、そうかしらぁ」


 ここしばらくのセレスト内には、絶えず華やかな笑い声が響いている。戸惑ってはいるものの、少年たちもジェーン相手ではなかなか強い態度にも出られないらしく、見て見ぬふりを決めこんでいた。


「女が3人も集まるとかしましいな」


 親密さを遺憾なく発揮して盛り上がるジェーン、クローディア、デリンジャーの3人を遠目に眺めやって、ザイアッドがいささかげんなりと呟いた。その傍らで、レオが「まったくだ」と頷く。


「こうも騒がしいとなると、マイ・ハニーの逆鱗にそのうち触れるんじゃねえのか?」

「いや、それが」


 レオは、ここしばらくの青年の様子を思い起こして苦笑した。



 初日の衝撃の対面以降、ジェーンの最大の関心は──誤解はすぐに解けたものの──シヴァに集中してしまったらしい。その結果、彼女はことあるごとに彼の姿を目敏く見つけ出してはあれこれと話しかけ、仲良くなるきっかけを作ろうと、しぶとくつきまとっていた。似た者夫婦とはよく言ったもので、セレストに滞在するようになった当初の翼を思い起こさせる。しかし、積極性の面では、物怖じという言葉とは無縁のジェーンのほうが遙かにまさっていた。

 おかげで近ごろのシヴァは、ジェーンの迫力にすっかり気圧けおされ、あまり皆のいる場所に寄りつかない始末である。人馴れしていない自分にも、いっかな気後れひとつ見せることなく近寄ってくるジェーンに、青年はどう接していいのかわからず、困惑しているらしかった。



「そりゃ、見物だな」


 レオの話を聞いて、男は可笑しそうに眉を上げた。


「薄情だな。おもしろがらずに助けてやればいいじゃないか」

「いいんだよ。人間関係学ぶ、ちょうどいい機会じゃねえか。あいつには、そのぐらい強引に押しまくって、襟首引っ捕まえるような手合いでちょうどいいんだ。じゃなきゃ、いつまでたっても逃げるばっかで、自分から周囲に関わろうとしねえからな。人妻でなきゃ、そのまま女房に納まってもらいてえぐらいだ」

「よく見てるな」

「まったくだ。あいつに関するかぎり、俺は自分が親鳥にでもなったみてえな気分にさせられるぜ」

「重症だ」


 呆れたように呟いてから、レオはふと表情をあらためた。


「軍曹、そういやおたく、ついこのあいだまでロンたちと一緒だったっけね?」

「ん? ああ」

「《夜叉》も、途中から戦闘に加わったって聞いたけど」

「そうだな。坊主の一件があった直後からだから、奴らが参戦して、大体2週間てとこか。それがどうかしたか?」

「いや、見てて、なんか気になるようなことはなかったかと思って」


 珍しく歯切れの悪い言いまわしをする赤毛の女傑に、ザイアッドはまっすぐ向きなおった。


「――それは、《夜叉》の動きがか? それとも、《夜叉》の中の特定のだれかが、という意味か?」


 鋭く切りこまれて、レオは自信がなさそうに目線を落とした。


「正直言うと、自分でもよくわからない。たぶん、限定するのは後者の意味でいいと思うんだけど……」

「らしくねえ言いようだな。それだけまだ、確証が薄いってことか。その言いかたからすると、あからさまに怪しい動きを見せてる奴とは別ってことでいいんだな? 俺はとくに気になるようなことはなかったが、一応狼には注意するよう伝えておこう」

「いや、いまのところはまだいい。たんなる思いすごしって可能性も高いから。軍曹の眼にも留まらなかったなら、なおのこと気にするようなことでもないんだろう」

「――そうか」


 会話が途切れたところで、ちょうど噂の人物がホールをよぎった。

 意識して可能なかぎり皆から距離を置いた位置を通路に選んだようだったが、当然、ジェーンは見逃さなかった。


「あら、シヴァ!」


 嬉しそうによくとおる声で呼ばわって、パッと駆け寄る。一瞬気まずそうな顔をしたものの、青年はしぶしぶ立ち止まった。

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