表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
128/202

第27章 新見ジェーン(4)

 がらんと片付いた執務室を眺めやったその人物は、室内にゆっくりとした足取りで踏み入ると、正面の重厚な作りの木製の机に近づき、磨きこまれてやわらかな光沢を放つ卓上に静かに触れた。

 伏せられた長い睫毛まつげが、ロイヤル・ブルーの瞳に濃い影を落とす。感情の片鱗すら覗かせることのないその硬質の美貌からは、彼がなにを思っているのか、到底窺い知ることはできなかった。


「マリン」


 背後から声をかけられ、振り返ると、入り口にひとりの人物が佇んでいた。


 アドルフ・シュナウザー。


 つい先日までの彼の直属上司であり、この部屋の専有者でもあった男である。

 様変わりした室内を、男はわずかに目を細めて見渡すと、無言で自分をみつめている元秘書官に視線を戻して微笑わらいかけた。


「なんだか、まだ実感がわかないよ。この部屋も今日で見納めとはね」


 シュナウザーは、そう言ってマリンに近づいた。

 もともと表情に乏しかった秘書の顔に、まったく変化はない。そして、そんな彼の、極端に冷めた反応に慣れている男もまた、それを気にかけるふうもなく、普段と変わらぬ語調で言葉を継いだ。


「おまえにも、随分世話になったね。できれば、このままずっと一緒に仕事をしていけたらよかったんだが」


 それは、男の性情から考えると、珍しいほど率直に明かされた彼の本心であった。だが、それにもかかわらず青年は、顔の筋肉ひとつ動かそうとしなかった。


「マリン?」


 どこか上の空めいたその様子に、シュナウザーははじめて笑みを消した。生気に欠けた反応をいぶかしく思い、手を伸ばしかける。刹那、いままで微動だにしなかった青年がビクリと身を引いた。


「……マリン?」


 もう一度声をかけると、青年はすでに、いつもの彼の知る、怜悧で有能な秘書官の顔に戻っていた。


「この度のご挂冠けいかん、まことに遺憾に存じます。短いあいだながら、お側に仕えさせていただけましたこと、至らぬ身ながら慶福でございました。どうぞ、いつまでもご壮健で。ますますのご栄達を、心よりお祈り申し上げております」

「──ありがとう。おまえも元気で」


 極めて慇懃に別れの挨拶を述べた元秘書は、名残惜しげなそぶりすら見せることなく淡然と去っていった。

 シュナウザーは、無言でその後ろ姿を見送る。

 彼は知っていた。マリンもまた、これをもって官職を辞することを。知っていながら、彼はあえて、そのことを黙っていた。


 アドルフ・シュナウザー。


 今日かぎりをもって、その存在は永遠にこの世から抹消される。


「ずっとおまえが片腕でいてくれたらよかった。偽りなしにそう思うよ、マリン」


 ひそやかな囁きが、くらい音律を湛えて、深閑しんかんとした室内に人知れず呑みこまれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
off.php?img=11
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ