第27章 新見ジェーン(3)
新見ジェーンは当面、デリンジャーの許で保護されることとなった。
状況がこみいってきているため、すぐに《首都》へ送り返すわけにもいかず、かといって、こちらの世界のことをなにも知らない彼女を、男ばかりの中にひとり放置しておくこともできない。
行きがかり上、最初に彼女と接触したデリンジャーが、立場的にももっとも預かり手として相応しいだろうということで話は落ち着いた。
「さすが新見ちゃんの奥さん、とでも言うべきかしらね。たったひとりで、よくこんなとこまで潜りこんだもんだわ」
側近の言葉を受けて、スラムの頂点に君臨する覇王は額にかかる前髪を軽く掻き上げた。
「度胸と思いきりのよさは認めるが、無鉄砲にもほどがある。運よく、おまえとレオが見つけるまで無事だったからいいようなものの、これで取り返しのつかない事態にでもなってたらと思うと、想像するだにぞっとするな」
「新見ちゃんに合わせる顔もなかったわね」
「まったくだ」
ルシファーは眉間に皺を寄せて煙草を銜えた。デリンジャーが、すかさずそれへ火を寄せる。紫煙を深々と吸いこんで大きく吐き出したルシファーは、参ったと言わんばかりにかぶりを振った。その頬へ、シヴァが気遣わしげに氷を包んだタオルをそっと当てた。
先刻、グループのボスに対面を果たしたジェーンが、夫を危険な目に遭わせた責任を追及した末、平手打ちという手段で思いきりよく断罪したのである。
赤く腫れた左頬を冷やしながら、ルシファーはわずかに顔を蹙めた。
「まったく、わざと避けないんだから。バカ正直にまともにひっぱたかれなくてもいいでしょうに。式典当日までに痕が消えなくても知らないわよ。全部済むまでは大事な躰なんだから、充分自重して、いちばん目立つ顔に傷なんかつけないでちょうだいよ」
名医の叱言を、ルシファーはどこ吹く風といった具合で聞き流している。その様子を見て、シヴァが物言いたげに柳眉を顰めた。途端にルシファーは、からかうような眼差しを繊細なその麗容へと向けた。
「そういやシヴァ、今日はおまえ、俺が平手打ちくらっても、そしらぬふり決めこんで庇ってくれなかったな」
「自業自得です」
なににも先んじてボス第一の青年には珍しく、ピシャリと突き放してプイッと横を向く。有能な右腕の機嫌を損じてしまったルシファーは、やれやれと苦笑して肩を竦めた。
「ともかくデル、へたに情報与えないように気をつけろよ。あの様子じゃ、またなにやらかすかわかんねえからな」
「大丈夫。ちゃんと目、光らせとくわ」
ほんの偶然で繋がってしまった地上からの通話回線。測位信号は公には感知されなかったとされているにもかかわらず、その通信記録だけを頼りに、ジェーンは夫の居場所であるとおぼしき場所――《セレスト・ブルー》の所在を見事突き止めてしまったのである。そして、グレンフォード財閥で急募していた新総裁就任と婚約披露を兼ねたパーティー会場設置スタッフの中にうまくまぎれこんで、生死すら定かではない夫を単身、スラムにまで捜しにやってきたのだった。
「かわいい女房にあそこまで愛されちゃって、新見ちゃんも幸せモンよね」
「あれでしとやかなら、文句なく佳いオンナなんだけどな」
活発すぎて目が離せない存在だけに、ルシファーのセリフには妙に実感がこもっていた。




