第26章 予期せぬ訪問者(5)
「……なんかよくわかんねえけど、すげえ小難しいこと考えてんのな。それってひょっとして、あんたの相棒が攫われたことと、なんか関係してんの?」
「うん、まあ。ちょっとね」
レオは曖昧な口調で言葉を濁した。
「なんか、これってアニキが訊きたいことの直接の答えになるかわかんねえけどさ、俺たちの中心にボスがいて、俺たちがその命令とか決定に従うって図式は、べつに一方通行で終わってるわけじゃないぜ?」
「どういうことだい?」
「だから、なんていうかさ、一見するとボスの独壇場っぽく見られがちな関係かもしれないけど、ボスはボスなりに、俺らの中で未消化になってたり鬱屈してたりするもんがあると、そこらへんちゃんとわかってて、必ずフォローが入るんだ。べつに理を説いてくどくどと諭したり、優しい慰めの言葉なんかかけてくれるってわけじゃねえけど――ああ、たとえばこないだ、シヴァが単独でゾルフィンの一味を追ってったあとなんかがその典型じゃねえかな。あれってほんとのところ、裏切った奴をメンバー全員のまえに引きずり出して追及することが目的じゃなかったんだよな。たぶん、あの時点でボスは犯人がだれか、おおよその目星はつけてたはずだし。だから、俺らが集められた本当の理由ってのは、根も葉もない噂にいいように振りまわされて、偏見に懲り固まった目でしか物事を判断できなくなってた奴らの目を覚まさせることにあったんだ。俺らはああいうのでボスが言わんとしてることの察しがおおかたつくし、それがわかれば、誤解や不満も解消されて、充分納得もする。ようするに、そういうこと」
「これまでの経験から、ボスの行動には、通常、説明がなくてもそれなりにちゃんとした理由や裏付けがあるってことを俺たちは知ってるからね」
ガイルの言葉に、ヒンクリーが補足を加えた。
「俺たちに命じたら、ボスはそのぶんの責任を全部しょいこむ覚悟をいつだってしてるし、俺たちになにかをさせるときは、必ずその何倍もの重い役割を自分に課してこなしてる。俺たちはさ、そういうボスだからこそ黙って従うし、その下で働けることを誇りにしてるんだ」
そう考えると俺たちって結構健全だよなーと、少年たちは口々に言って笑った。
「ヤツェクとか、ほかにも何人か敵と通じて始末された奴もいるけど、結局あいつらにしたって、ボスを崇拝するあまり周りが見えなくなって、その結果、単独で突っ走りすぎて自滅したっていうかさ」
「ボスの意図を酌み誤ったり、少しでも多く点数稼ぎしたり関心集めたくて、決定的な判断ミスを犯したってわけ。功に逸りすぎちまったんだな」
「じゃあ、そういう理由もなく敵と通じるとしたら?」
「そりゃ完璧、ボスと相容れない考えの持ち主ってことになんじゃねえの? やっぱ。ゾルフィンみてえにさ。――なに、アニキ。そんな奴に心当たりでもあんの?」
「ん? ああ、いや。そうじゃないんだけどね」
レオは笑って否定した。
「ありがと。充分参考になったよ」
少年たちに手を挙げて、レオは輪からはずれようとする。その掌に、ミウが軽く拳を当ててニヤリとした。
「相棒のことが心配なのはわかるけど、あんま思いつめすぎると躰に毒だぜ、アニキ。たまには思いっきり躰動かして、ストレス発散しねえとよ」
「わかったよ。そのうちまた、たっぷりしごいてやるよ」
苦笑してその場を去りかけたレオに、ロルカが真面目な顔で言った。
「あのさ、あんま心配すんなよな。翼のことだったらボスが絶対助け出すし、オレらもできるだけ協力するからさ。こんなこと素面で言うのって、すげーこっぱずかしいけど、オレ、翼って結構好きなんだよ。あの人ってさ、なんか珍しいくらい真っ正直じゃん? 気ィ弱そうなくせに、ボスとも対等に渡り合っちゃうとこなんか、見た目と違って度胸があるっつーか、見直したっつーか」
ロルカの言葉に、他のメンバーたちも笑いながら同意する。その不器用な思いやりが、レオには嬉しかった。心からの謝意をこめて「サンキュ」とレオは笑い返し、今度こそ、その場をあとにした。
――ルシファーとは、完全に相容れない考えの持ち主。
いまの話を反芻しながら、レオはすぐに頭を切り替えて、難しい顔で思考を巡らせた。
やはり一度、デリンジャーあたりにでも話を持ちかけてみるべきか……。
思いに耽りながら廊下を歩いていたレオが、すれ違いかけた小柄な少年に目を留めたのは、ほんの偶然にすぎなかった。
短い滞在期間の中で、彼女が見知ったメンバーの数はたかが知れている。当然、顔も名前も把握していない存在のほうが圧倒的に多いわけだが、どういったわけか、このときばかりは相手に対し、自分でもうまく説明することのできない異質な匂いを嗅ぎとって、自然にその足を止めていた。
相手は、気配を察してわずかに身を硬くしたものの、野球帽を目深にかぶった顔を伏せたまま、なにごともなかったかのように通りすぎていこうとする。一瞬やりすごしたかに見えたレオだったが、直後、
「おい」
すばやく手を伸ばすと、その少年の二の腕を掴んで引き戻していた。その途端、
「キッ、キャーッ、キャーッ! なにすんのよっ、放しなさいっ! あたしになんかしたらただじゃおかないわよっ!! こうみえても腕には自信があるんだからっ!」
華奢な少年と思われた不審人物は、パニック状態で喚き散らしながらも猛然たる抵抗を試み、がっちり捕らえられた腕の中で大暴れした。
「おい、こらっ、ちょっと待てって……いてっ!」
「放せっ、放しなさいよ、このバカッ! いいかげんにしないと痛い目に遭わせてやるわよっ」
なんとか取り押さえようとするレオの腕や顔を、捕らえられたほうは噛みついたり引っ掻いたりと、とにかく暴れまわって手がつけられない。ちょうどそこへ、
「なあに? なに騒いでるの? 随分楽しそうね」
たまたま近くを通りかかった金髪の黒人が、じつにいいタイミングで顔を覗かせた。その声を聞くなり、
「レオッ! あなたレオね!? やっぱり生きてたのねっ。あたしよっ、ジェーン。あなたの相棒の妻よ! あの人は──翼はどこなの!?」
不審な闖入者は振り返りざま、あらんかぎりの声を張り上げて叫んだ。
わけのわからない事態に、金髪のデリンジャーは目をぱちくりとさせる。そして言った。
「……レオなら、あなたの後ろにいるけど」
「っ!!?」
仰天したその女性、新見ジェーンは愕然として振り返り、自分を捕らえている大柄な人物を、皿のように瞠いた目でポカンと見つめた。
逃げ出す心配がなくなったと踏んで、レオはようやく羽交いじめにしていた腕を放す。そして、決まり悪げに苦笑しながら両手をひろげてみせた。




