第26章 予期せぬ訪問者(3)
ザイアッドのとった手段を、《セレスト・ブルー》の覇王は、事後承諾ながらも苦笑をもって受け容れた。その麾下にあって、ザイアッドの指揮の下、軍が味方をうまく補佐するかたちで機能するならそれでかまわない、との寛容なる許諾であった。だが、軍を相手にこれまで多大なる犠牲を出しながら血戦を繰り広げてきた狼たちは、そう簡単に納得しなかった。
「なんでだよっ! だれが勝手にそんな真似しろっつったよっ。そんなん、話が全然違うだろっ!?」
結果のみをいきなり突きつけられて、《没法子》のボスは激昂した。
「まあ待て、そんないきり立つなって。しょーがねえだろが、悠長にケリつけてる場合じゃなかったんだからよ。とりあえずは現状打開、でもって残った余力を温存してルシファーのほうへまわす。それがベストだと俺は思うぜ。おまえらの実戦力は、ルシファーだって充分に買ってるんだからよ。小僧だってまだ敵の手の内だし、本チャンはこっからだろが。ウォーム・アップの時点で力尽きてどうするよ」
「ご託はたくさんだ! いまのいままで殺し合いしてた連中相手に、仲間になりましたと言われて、はいそうですかって尻尾振れるかよっ。バカじゃねえのか、あんた。能天気も大概にしろよ。そんな奴ら、信用できるわけがねえだろっ!」
「なに言ってんだ、それだったら俺らだって、一度は殺し合いした仲じゃねえか。はじめは敵と味方だったんだからよ」
「っせーよっ! 屁理屈こねてんじゃねえっ。だいち俺は、おまえみてえなボケ軍人、はじめからこれっぽっちも信用したおぼえはねえんだよっ。自惚れんのも大概にしろ!」
「小せえこと言ってんなって。ルシファーは、この件に関しちゃ全面OKだったぞ?」
「ああ、そうかよっ。悪かったな、どうせ俺は料簡が狭いよ。けど、ルシファーが容認したからって、なんだって俺がそれに倣わなきゃなんねーんだよ。今回の戦闘指揮は、ずっと俺が執ってたんだぞ? なのになんで俺にひと言の相談もなしに、勝手にあんたが采配揮ってんだよ。《ルシファー》の名前出しゃ、俺らが文句ひとつ言わず、黙って従うとでも思ったか? 冗談じゃねえ。俺らだって人並みの感情も自尊心もあんだよ。俺は絶対に公安と組んで動いたりしねえからなっ」
「まあ……、それもいたしかたあるまい」
男は、しぶしぶといった具合に応じた。狼はその反応に眉を顰めた。
「……なんだよ、いたしかたねえって」
「だからヤなもんはしょうがねえだろうって言ってんだよ。無理に仲良くやれったって、おまえらみてえな血の気の多いガキどもにゃ、できっこねえだろが。軍のほうは俺がなんとか仕切ることにするさ。おまえらはおまえらで、これまでどおり仲間内で統制とって、うまくやってきゃいいだろ」
「そりゃ、出てくってことか?」
「そこまで大袈裟なもんでもねえだろ。ちょいと宿がえするって程度のもんだ」
ザイアッドは軽く言ってのけたが、狼は不機嫌に黙りこんだ。
「なんだよ、今生の別れじゃあるめえし。んなシケた面すんなって。意外に寂しん坊か、小坊主」
普段の苛烈な気性からすると、これまでのところ、随分辛抱強く相手に接していた《没法子》のボスである。が、それもここまでが我慢の限界だった。
「やかましいっ、このクソジジイッ!! だれが小坊主だっ。なれなれしくすんじゃねえ! 貴様の顔なんざ、金輪際見たくもねえっ。いますぐさっさと出てけっ!!」
怒髪点を衝く凄まじい剣幕で怒号すると、周辺で竦みあがっている配下の少年たちを乱暴に散らして、足音も荒く部屋を出ていってしまった。
叩きつけるように閉められたドアが、室内に留まっていた者たちの鼓膜を思いきりよくひっぱたく。グループの少年たちは、荒れ狂っているボスの怒りの度合いを思っていっせいに首を竦ませた。しかし、諸悪の根源である男は、
「なんとまあ、短気なやっちゃ」
しれっとした顔でおどけたように両手をひろげてみせた。そのさまを、部屋に留まったいまひとり、《夜叉》のボスが冷ややかに見つめていた。非難がましい目を向けられて、男は様子を窺うようにそちらへ目線を送った。
「おまえさんもなんか言いたそうだな、刹。俺のしたことが、やっぱ気にくわねえか?」
「納得しろというほうに無理があるだろう。狼が激怒するのも無理はない。悪いが俺も、あんたにはいささか失望したよ」
「存外にガキだな、おまえも狼も。感情論でそうそう物事はきれいに片付かねえぞ」
「俺はともかく、あいつは頭にバカがつくほど生真面目なんだ。骨身削るほどひとつのことに集中するタイプの人間に、道理も解かずに一方的な結果論だけを言い渡されたところで、簡単に受け容れられるわけがないだろう。あんたのしてることはムチャクチャだ」
「殺し合いで相手を降伏させるだけが戦略じゃねえと思うぜ」
「精神的に屈服を強いても勝利は勝利。たしかにそのとおりだろう。だが、今回にかぎり狼は、そしてもちろん俺自身もだが、それを是としない。行動を起こすまえに、俺たちにひと言あるべきだったな、軍曹」
硬化した刹の態度は、やわらぐ気配も見せなかった。男は、空気を察してやれやれといった具合に吐息を漏らした。
「べつに俺は、おまえも狼も、蔑ろにしたおぼえはねえんだがな」
「だが、尊重もしなかった。ルシファーが認諾しさえすれば、すべてよしと勝手に独断専行したあんたが悪い。実際に指揮を執って、敵と戦戈を交えた俺たちにも相応のプライドはある。多くの仲間を失えばなおさらだ。俺たちは、殺し合いのみを生業として生計を立てている、あんたら職業軍人とは違う。結果のみを重視して、ほかは割りきれというほうに無理があるだろう。払われた犠牲に目を瞑ることも、勝敗を決することなく駆け引きのみでケリをつけてしまうことにも納得することができない」
「なら、第13部隊も含めた軍に、総攻撃を仕掛けてくるか?」
「それができないから狼もあんなに憤っていたんだろう?」
《夜叉》のボスは、呆れ半分で苦々しげに言った。男は、その答えに満足したようだった。
「さあて、そんじゃ、これ以上気まずくならねえうちに、とっとと退散するかな」
聞こえよがしに独りごちて、飄然と戸口へ向かう。彼の部下たちが、おたおたとそれにつづいた。
「軍曹、どんな手を使って連中をまるめこんだ?」
刹が、その背へ向かって問いを投げかけた。男は《夜叉》のボスを顧みると、人を喰った笑みをニヤリと浮かべた。
「大人には大人の、小汚ねえ懐柔策ってのがあるのさ」




