第26章 予期せぬ訪問者(1)
戦闘中止。
優勢であったにもかかわらず、上層部から下された命令は、唐突かつ一方的だった。
「ど、どういうことですかな、参謀長閣下」
額に冷や汗を浮かべ、頬をひくつかせながら理由を問う派遣部隊総指揮官、クライスト・ロイスダールに対し、此度の通達役を担っている公安特殊部隊参謀長ローア・ビットーリ中将は、あくまで事務的な態度を崩さなかった。
「貴官らのこれまでの働きには充分満足している。が、首脳部は、これ以上の交戦を望んでいない。ただちに停戦のうえ、そのまま待機。次の指示を待ちたまえ」
「閣下!」
努めて平静を装わんと理性の力を総動員させていたロイスダールであったが、ここにきて、ついに『ものわかりのいい部下』という仮面をかなぐり捨てた。
「お言葉ですが閣下、たったそれだけのご説明では部下たちを説得できる自信が小官には持てませんな。自身が納得しかねることを、如何なる言辞を弄せば部下たちに理解を求めることがかないましょうか。若輩の身には、到底手に余るかと」
敢然と放言したあとで、ロイスダールは芝居がかった態度をあらためた。
「ビットーリ閣下、率直なところをお聞かせ願います。我らは、上層部の期待に応えられなかったと、つまりは、そういう判断のもとで此度の決定が下されたのでは?」
ロイスダールの問いに、参謀長は渋面を作ってかぶりを振った。
「そうではない、大佐。派遣部隊はじつによく健闘している。この言葉に偽りはない。ほどなく戦果が上がろうこともまた、重々承知している。だが、今回ばかりは相手が悪かった。そうとしか言いようがない。卿ら派遣部隊の監督者は、本日をもって変更となる。それが理由だ」
「──変更?」
予想もしていなかった事態に、ロイスダールは唖然となった。
「それはいったい……。どうも、仰る意味が解せませんな。任務遂行に至らぬ状態で、かような特異な指令の下った前例が、これまでにありましょうか。話の核が、あまりに不明瞭に見受けられますが」
「貴官がそう思うのも無理はない。だが、やむを得んのだ。事情があまりにも違いすぎる。これは、あくまで軍の意向ではない。メガロポリス連邦司法省の長たる方じきじきのご内達だ」
「司法大臣ですとっ!? なぜそのような政府の中枢から──」
「我々のような公僕ごときに、雲上人の意図するものが見通せると思うかね? 貴官同様、私とて解せぬことだらけなのだよ、大佐。だが、ひとつだけはっきりしていることがある。公安に、命令を拒む自由などないということだ」
「しかし……」
「いいかね、大佐、これは首脳部の下した決定事項だ。命令には、ただちに従ってもらう。戦闘を中止した後、次なる指示があるまで現地にて待機せよ。通達内容は以上だ」
一方的に切られた通信に、ロイスダールはしばらく反応することができなかった。
いったい、いまの話をどう解釈すればいいというのか。
たしかにこれまでの戦闘が不名誉な結果の連続に終わり、時間がかかりすぎていたことは否めない事実である。こちらが思う以上に少年たちは戦闘能力に長け、軍の向こうを張って敢闘してきた。軍が払った犠牲は、決して少ないものではない。だが、粘りに粘った結果、勝機がようやくこちら側に傾きはじめ、ほどなく戦果も上がろうという見通しの立ったこの時期になって、なぜいまさら、鉾先をおさめねばならないというのか。
馬鹿げているにもほどがある。
相手は、たかがストリート・キッズ。司法大臣などが介入するような任務では、決してなかったはずだ。それがなぜ、いつのまにそのような大仰な事態になっていたのだろうか。
『相手が悪かった』のだとビットーリは言った。では、その『相手』とは、だれだというのか。如何なる人物に、司法大臣をも動かすほどの権力があるというのか。
新しい監督者とは、だれなのか──
容認しがたい不条理極まる現状に、感情と理性の双方を押し潰されそうになりながら、それでもロイスダールは、地上派遣部隊の総責任者として全軍に停戦命令を言い渡した。
招かれざる客が彼の許を来訪するのは、その数刻後のことである。




