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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第2部 楽園編
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第25章 楽園計画(2)

 元公安特殊部隊第13部隊長カシム・ザイアッドが《セレスト・ブルー》を訪れたのは、グループのボスじきじきの呼び出しを受けてのことであった。


「珍しいな、あんたがわざわざ俺に呼び出しをかけるなんてよ。なんかあったか?」


 いつもと変わらず飄然ひょうぜんと姿を見せた相手の顔を見るなり、ルシファーは単刀直入に用件を切り出した。


「おまえ宛の通信文を預かっている。私信だが、差出人が差出人だったこともあって、あらかじめ内容をあらためさせてもらった」

「そりゃ、いっこうにかまわねえがよ。俺宛の私信がなんだってこんなとこに──」


 言いさした男の表情が、不意に一転して険しくなった。


「……なんと言ってきた?」

「自分の目で確かめてみろ」


 言って、ルシファーは男に、くだんの通信文を読みこませた電子カードをほうった。

 受け取った男が、開いたカードの電源を入れて内容を確認する。不敵なはずの男は、途端に愕然とした表情を浮かべた。


「──おい、こりゃいったい、なんの冗談だ?」


 問いを向けられた覇王は、その麗容をそっけなさでコーティングして肩を竦めた。


「さあな。冗談というよりは、むしろ酔狂の一種だと俺は解釈したがな」

「馬鹿言ってんじゃねえ。どっち転んだって、イカれた神経してることにかわりゃしねえじゃねえか。よりによって、なんだってこの俺が、アドルフ・グレンフォードの婚約披露と総裁就任の祝賀パーティーにご招待されなきゃなんねえんだよ。あのヤロウ、腐った性根にとうとう脳まで冒されちまったんじゃねえのか。正気の沙汰とも思えねえ。

 おいルシファー、おまえまさか、こんなもんのためにわざわざ俺を呼び立てたんじゃあるまいな? だとしたら、そっちも相当神経に異常きたして──」

「出席で、すでに回答は出してある」


 耳を疑うようなセリフに、男の顔が瞬時に凍りついた。

 一気に血の気を失った精悍な造りの顔貌がんぼうが、みるみる硬張こわばっていく。その口を、幾度か喘ぐように開閉させた後、男はやっとという感じで咽喉のどから声を絞り出した。


「──なんだと?」

「おまえは、この招待に応じるんだ、ザイアッド。その旨、すでに俺から回答を出してある。礼服も手配済みだ。事後承諾になるが、一応、当事者であるおまえの耳には、あらかじめ入れておく必要があると思ってな」


 いまだ信じがたい様子で手もとのカードに視線を落としたザイアッドのが、欄外の回答スペース上にとまる。本人の意思を完全に無視した回答が送信されているマークを捕らえた刹那、その双眸の奥で苛烈な火花が弾けた。


「正気かっ!?」


 喚声というより怒声により近い声音せいおんが、あたりの空気を切り裂くようにビリビリと振動させた。同時に、赫怒かくどとそれに類似した激情の奔流が、その全身から勢いよく噴き上がった。

 これまで見せることのなかった虚飾抜きのストレートな感情。巧みに誤魔化し、流露することを抑えきれなかったその事実が、男のきずをもろにえぐったことを物語っていた。

 わかっていたからこそ、ルシファーはあえてその点について言及しなかった。決定を覆す意思のないことを無言のうちに示し、彼は泰然と構えて男が冷静さを取り戻すのを待った。

 理性と矜持きょうじによって感情を捩じ伏せるのに、どれほどのエネルギーを必要としたことか。やがて男は、噛みしめていた奥歯の隙間から暴走しかけた怒気を吐き出すと、意図的に抑えた態度で同盟者に問いかけた。


「坊主の居どころは、知れたんだな?」

「おおかたの予測はついた。キーワードは《楽園》。これですべてのカタをまとめてつけられる目処めどが立った」

「楽園──パラダイスか? エデンか?」

「いや。どちらかというと、ニュアンスは『理想郷』に近い」

「とすると、ユートピアかアルカディア、それからシャングリ・ラに武陵桃源ぶりょうとうげんあたりってとこか」

「妥当なところだな。だが、いずれも正解とはいえない。まだあるだろう、頭文字に未知数を示すアルファベットをあてはめる同義語が」


 ヒントを与えられて、思案深げな表情で考えこんだ男は、しかし、すぐにピンときた様子で顔を上げた。


「そうか、X──Xanadu(ザナドゥー)があったか」


「キーワードがそのまま、近日中に落成予定の建築物の名称となる。《旧世界ガイア》の南東、《南風門ノトス》を抜けた先、《ウィンストン》の真上にあたる位置に建設されている。故ウィンストン・グレンフォードが地上に用意した、選ばれし種族のみに門扉もんぴの開かれる人工の《楽園》だ。そしてそこが、今回の式典会場でもある」

「《楽園》、ね」


 ザイアッドは皮肉げに口唇くちびるを吊り上げた。


「ご大層なネーミングだな。結局は営利追求を主体目的とした、財閥所有のコンベンション・センターってとこだろ? 謳い文句を添えるにしろ、話題性を狙って地上に新設したってことぐらいじゃねえのか?」


 男の見解は、だが、あっさりくつがえされた。


「そうじゃない。敷地の一角に設けられたコンベンション・センターが会場になるんだ。《Xanadu》は、ひとつの建造物ではなく、それ自体がいくつもの施設を包含する、いわゆる財閥独自の自由都市コミューンとして機能させることを目的とした新設都市といえる。むろん、それはあくまで当面の話であって、連中がゆくゆく目指すのは、都市国家ポリスということになる」

「都市国家……って、ちょっと待て! そんなことが実際に可能なのかっ? だとしたら、《メガロポリス》の管理下から完全に独立した街を、まるまるひとつ誕生させようって計画ことだろ? そんなもん、いくらグレンフォードでも実現させられるわけがねえ。世界都市コスモポリスの理念が完全に覆されるとなれば、暴動もんの大乱は必定ひつじょう。国家統治の問題ひとつったところで到底不可能、夢物語の類いとしか考えらんねえだろうが」

「だが、その夢物語が実際に現実のものとなろうとしている。

 ザイアッド、ただの絵空ごとに資本を投下するほどグレンフォードは甘くない。夢やロマンチシズムという言葉と、あの連中ほど無縁な人種はいない。だれより、おまえがそのことをよく知っているはずだ。工事期間はたかだか7年。だが、その間に財閥がぎこんだ建設費用は、公表予定数値だけでも莫大な額にのぼる。つまり、それだけの見返りが確実に望めるという見通しがあったからこそ連中は動いたんだ」

「──なにが目的だ?」


 男は険しい眼差しで、現時点でルシファーが入手している情報の明示を求めた。


「グレンフォードの所有するリゾートもしくは娯楽施設の数は、《メガロポリス》全体で軽く3桁を上回る」

「『コミューン』や『ポリス』ってのは、あくまでその施設がかかげる理念にすぎなくて、実際のところは今回もその類いだってのか? 娯楽施設が聞いて呆れる。自治都市とはまるで存在意義の違う街をまるまるひとつ造っておいて、そんな言い訳が通用するわけがねえ。それとも《Xanadu(ザナドゥー)》ってのは、その程度の規模の、たんなるコミュニティ施設にすぎないってのか?」

「面積だけでも、《首都キャピタル》最大のテーマ・パークの約7百倍に相当する」


 桁外れの数字に、男は思わず顎を落とした。


「なっ、ななひゃくば……」

「《Xanadu》は、選ばれた種族のみに門戸もんこが開放されると言ったな。グレンフォードの狙いは、まさしくその一点にのみある」

眷属けんぞく及びそれに類する特権階級のみ出入り自由という意味だろう?」

「それではコミューンもポリスも成立しない」


 言下に解釈を否定されて、男は難しい顔で唸り声をあげた。


「表向きはそれで充分だろうが、それだけでは奴らの徹底した実利主義を満足させるまでには至らない。だが、かといって現行の法に真っ向から背くこともまた、得策ではない。連中は、今回のプロジェクトに関していうなら、かなりの長期戦を見込んでいる。それも5年、10年という単位スパンではなく、その何倍もの月日――おそらく、何代にもわたる世代交代を考慮した歳月を想定しているはずだ。したがって、その規模からも当然予測がつくように、今回竣工したのは目標のごく一部、中枢部が完成したにすぎない」


 ルシファーはそこで、目の前のテーブルに置かれた70センチ四方ほどの台のスイッチを押した。電源が入ると同時に、ひとつの立体が像を結ぶ。それは、どこかの都市の精巧なジオラマだった。

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