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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第23章 13番目の仕掛け(2)

 12番目の装置を切り抜けて雑魚を片付けたルシファーは、ただちに脱出を図った1台のあとを追った。


「デル、ミウたちの現在地は?」

「──工場地帯東南の出入り口付近まで、しつこいおじさまを押し戻したところよ。ねえ、ボス、すっごく嫌な予感がするんだけど、まさか、工場地帯そのなかでケリをつけようなんて考えてないでしょうね?」

「気のせいだろう」


 さらりと返ってきた言葉が、デリンジャーの懸念が的中したことを、言外にはっきりと物語っていた。


「信じられない……」


 デリンジャーは呆然とした表情で呟いた。


「なんか、甘いマスクとやさしい言葉にコロッと騙されて結婚したものの、夫になった男はじつはただの財産目当て、婚姻届提出した途端に掌返したように冷たくなって家にも殆ど居着かず女遊びにギャンブル三昧、家政婦扱いで絞りとるだけ金を絞りとられて家計はたちまち火の車、借金地獄に陥って、チンピラまがいの悪徳金融業者に日々生活を脅かされながら、あの人はひょっとしたら今日こそ自分の許へ戻ってきてくれるかもしれない、心のどこかで自分を愛していてくれてるかもしれないとか一縷いちるの望みにすがりながら、悪逆非道のペテン師男をそれでも信じて待ちつづける、世間知らずの愛に溺れた悲劇の新妻の気分だわ。もう乙女心はズタボロよお!って感じっ」


 ほとんど意味不明である。

 恐ろしくてだれもつっこめないでいるところへ、ただひとり、それに応える奇特な勇者があった。


「悪かったな、そんなに待ち焦がれてくれてたか」

ロン!」


 天の助けとはまさにこのことである。憤るあまり現実逃避しかけたデリンジャーの理性が、たちまちスマートさを取り戻して事態を直視できるだけの平常心に立ち返った。


「建物の位置関係と仕掛けた装置の種類の相関性分析するのに、ちょい手間取った。あの辺一帯の構造そのものも、結構複雑にできてるしな」

「それで? 結果は?」

「ラスト1発の設置点は絞りこめるだけ絞った。ただし、それも2カ所までだ。どうしても一点までは絞りきれねえ」

「どことどこ?」

「西南部に、高架うえを通るハイウェイに繋がるジャンクションがあるだろ? その真下の、1区と2区だ」


 直線にして500メートルと離れていない至近距離である。ただし、ふたつの地点は、その地帯最大の幹線道路最西端部の両端、つまり、T字路の左右ほぼ等距離に位置していた。

 ようするに、一度そのコースを西へとったが最後、つきあたりを右折するか左折するかで明暗が大きく分かれることになるのである。近辺に、他の抜け道は存在しない。


「あなたに対する最大の侮辱になるの承知で訊くけど、本当に間違いないの?」

「ルシファーはどうしてる?」


 狼の質問に、デリンジャーは硬い声で答えた。


「──東南区域から、そのまま西へ進路をとったわ」

「だったら、俺とおなじ結論に達したんだろう」

「当然、その先まで、ちゃんとした答えを出したってことよね?」

「言いたかないが、そいつはまず、ありえねえだろうな」

「なぜ?」

「このふたつの地点は、あらゆる意味で条件がまったくおなじなんだ。もう、こうなったら仕掛ける奴の好みでしかねえ。1区か2区か。俺には、《シリウス》の旦那がどっちを選んだかなんて、到底わからねえよ」

「──あなただったらどっちを選ぶ、狼?」

「そんなの訊いたって、参考にもならないぜ」

「いいからどっちを選ぶのよ!」

「だから気分次第なんだよ!」


 苛立たしげに狼は言った。


「その場に置かれたときの自分テメエの行動すら仮定すんのも難しいのに、他人の選択基準とその結果を確定できるなんて道理があるかよ。そんなん、無理に決まってんだろ!」


 タイマーの数値は、最後の装置が作動するまでに、まもなく5分を切ろうとしているところだった。デリンジャーは、硬い表情で画面上の朋輩ほうばいに語りかけた。


「狼、いまさらだれが止めに入ったところで、あの人が聞く耳を持たないのはわかりきってる事実だわ。全部承知のうえでの行動なんでしょうから。でも、どうして13番目の装置にここまで固執するのかがわからないの。ボスはムチャなことを平気でする人だけど、それはあくまで勝算があってのことで、こんな出たとこ勝負みたいな無謀な真似は絶対にしない人よ。もちろんあなたを疑ってるわけじゃないの。でも、だからこそ余計わからないのよ。あの人、どうして計画を変更しないのかしら?」


「変更したくとも、できない状況だからさ」


 深刻な問いかけに応えたのは、問われた狼ではなく、疑問符を呈される行動に出ているルシファー本人だった。


「ボス! いったいどういうことなの? なんで変更できないのよっ」

「この速度のまま路地に飛びこむには、いくら俺でも相当な覚悟が必要だからな。ハンドル切るのにそこそこ道幅のある交差点じゃねえと、バランス維持するのが難しい」


 ルシファーの言うとおり、その速度は優に時速250キロを超えようとしていた。


「なんでよ、だったら減速すればいいでしょう? 最後のたったひとり片付けるのに、そんな危険冒さなくったっていいじゃない!」

「ブレーキが利けば、方針の変えようもあったんだがな」


 かろやかな笑いさえ含ませて、ルシファーは世にも恐ろしいことをさらりと言ってのけた。デリンジャー、狼をはじめ、その場にいただれもが凍りついた。


「……なんですって?」

「おい、ルシファー、こんなときに冗談はよせって」


 デリンジャーと狼が同時に言った。だが、これが冗談ごとではないことは、ふたりにも充分すぎるほどよくわかっていた。


「少しまえから調子がおかしかったんだが、いまはもう、完全に制御装置がイカレちまってる。安全装置リミッターも作動しない状態だ。どうしたもんかと考えあぐねてるんだが、とりあえず、片付けるもんは片付けちまわねえとな」

「ちょっとっ、そんなこと言ってる場合!? どうしてそういう大事なこと黙ってんのよっ。修理から戻ったばっかで、もうマシン・トラブル起こしてるなんて、整備不良でもあったんじゃないの!?」

「アホぬかせっ、そんなわけあるかっ!!」


 突如会話に割って入った第三の声が、めいっぱい怒声を放った。


「ラフか? どうだ、そっちはもうケリはついたか?」


 声の主の正体をすぐにそれと察したルシファーが、本部の通信機を仲介にして、じかに話しかけた。廃棄物処理場での掃討戦を任されていた《黒い羊(ペコラ・ネーラ)》のボスは、即座にそれに応じた。


「あったりめーよ、あんなんカタすのなんざ、朝飯前だぜ。それよかルシファー、いま聞き捨てならねえことくっちゃべってやがったな。俺の手がけたマシンが、もうイカレてるだあ? なんだってそんな、太陽が西から昇ったってありえねえような戯言たわごとほざいてやがる。寝言は寝て言え、このクソバカが!」


 ポンポン飛び出す相手の罵言を、ルシファーは危急の事態にもかかわらず愉しげに聞いた。


「なにやった? 俺があれほどきつくクギ刺しといた禁止事項、どれを破ってそのザマだ、ええ?」

「全部だな」

「ぜっ──」


 平然とした答えに、豪気なはずの《黒い羊》のボスも思わず絶句した。そして、


「──てめえ、このヤロウ……」


 すばらしく凄みのある声で低く唸った。ルシファー同様、こちらも音声のみの通話であったため、それがかえって聞く者にとっての迫力を増した。だが、ルシファーは相変わらず、どこ吹く風で涼しげな口調を崩さない。


「悪いな。わかっちゃいたんだが、セーブしてる余裕がなかった」

「単機で3分の1も引き受けるからだ! もすこしこっちにまわしてりゃよかったものを、なんだってひとりでしょいこむ!? 生命の保障はしねえと言ったはずだぞっ」

「しかたなかろう、主力格だけを引き受けた結果だ。それより狼、俺はこの先、どっちへ行けばいい? ラフに先回りしてもらう必要があるからな」

「ばかやろう、だれが助けになんぞ行くか! 勝手に地獄の果てまででも突っ走りやがれっ!」


 叫んだものの、ラフはすでに、港湾北第1ブロック南西部へと進路を変えている。


 残りわずか2分。


 狼は、重大すぎる責任の重みに耐えかねて顔を蹙めた。その額に、じっとりと冷や汗が滲んでいた。

 画面の向こうで、目線が地図のあるらしき位置を凝視する。口唇くちびるをきつく噛みしめていた《没法子メイファーズ》のリーダーは、何度か手もとの電算機に数値を打ちこんで、絶望的な表情のままかすかに首を振った。


「──すまねえ、ルシファー。俺には答えられねえ。北か、南か。何度やってもコンピュータの弾き出す結果はおなじだ。あとはビッグ・サムの胸先三寸。あいつがどっちを選ぶかなんて、俺には予測がつけられねえよ」

「そうか……。気にするな、狼。こうなったのも、もとはと言や、俺の責任だ。自力でなんとかするさ」

「おい、なんとかってルシファー!」


 外野の騒ぎを遮断して、ひとり考えに集中するためか、ルシファーは通話を打ち切ろうとした。その耳もとへ、


「左です! 南へ向かってくださいっ」


 さらなる別の声が他の音声にまぎれて叫び、通信が途絶えた。


 ラスト1分。

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