第22章 熾烈なる攻防(3)
スラムへの侵攻を果たした男たちは、迷うことなく《セレスト・ブルー》の拠点を目指した。
依頼者の要請内容は、ひとりの青年を拉致すること。
依頼者によって提供されたスラムの情報は、精緻を極めた。男たちは、それにしたがって、事前に綿密な計画と方針とを定めた。数のうえで、彼らの戦力はスラム勢の倍を軽く上回る。その利点を活かして、派手な陽動作戦を展開させた。
これに対し、セレスト側は地の利を活かして勢力を分散し、複数の遊撃隊を用いて侵入者らを迎え撃った。
夥しい数の黒塗りの単車と、派手なデザインの改造車とが爆音を響かせて、大通り、路地裏を問わず入り乱れて疾走する。同時に、そこかしこで銃声、爆撃音が響きわたった。凄まじい騒音の乱舞によって、自分たちの発した声すら掻き消されるほどであった。
集中力を持続させることさえ難しい混戦状態の中、建物上層階から狙撃を受けた男の頭がヘルメットごと吹っ飛び、すぐ横を併走していた仲間のバイクを直撃する。思わぬ方角から強烈な一撃をくらって転倒した1台に、後続車両が次々に巻きこまれていった。それらをかろうじて避け、先を急ごうとした後続集団の目の前に、首から上を失ったライダーの運転するバイクが斜めにつっこんできて、それは新たな惨事の引き金となった。
戦闘不能に陥った男たちは、たちまち四方から集中砲火を浴びて血祭りに上げられ、あるいは手榴弾を投げこまれてミンチになって吹き飛ばされる。その前方では、サイド・カーに乗った男が、車に仕込んだ機関砲で通り沿いの建物を、中にいる少年たちごと片っ端から粉砕していった。
爆裂によって凶器と化したコンクリートやガラスの破片が、防護スーツを着用していない少年たちの躰に無数に突き刺さる。切っ先のとがった凶器が頭蓋を貫いて脳に突き刺さり、目を抉り、あるいは体中に裂傷を負わせていった。そこここで血まみれになって倒れ、呻吟する少年たちを、後ろから疾走してきた黒塗りの一団が容赦なく撥ね飛ばし、次々に轢いていく。そして、さらに後方からやってきた男たちのひとりが、虫の息になりながらも、かろうじて死の境界を越えずにいた犠牲者らの心臓を片っ端から撃ち抜いて、とどめを刺していった。その男の背に、仲間の復讐に燃えた少年のレーザー砲が火を噴いて襲いかかった。
どんなに惨たらしい光景が目の前で展開されようとも、仕掛ける側も、迎え撃つ側も、決してあとには引かない。
攻防戦は熾烈を極め、繰り広げられる激しい銃撃戦によって、双方ともに犠牲者があとを絶たなかった。
その激戦の合間を縫って、戦線から離脱した黒塗りの一団があった。人数はわずかに6名。
戦いに夢中になっている少年たちは、そのことに気づかなかった。
後背からの追っ手の存在に細心の注意を払いながら、男たちはある場所まで移動し、路地裏でそれぞれの乗り物を捨てた。そして、目の前の廃屋に飛びこみ、地下に向かった。
途中、おなじように離脱を図った3つの小グループと落ち合う。最終的に20名ほどが、その建物の地下の一室に集合した。彼らは、その部屋の隅にある扉状の古びた床板を開け、そこに現れた、さらに下層に向かう石の階段を10メートルほど下りて地下道に入った。
通常、少年たちの抜け道として使われているそこは、湿気を含んだ黴臭い空気が漂っているものの、等間隔に設置された弱い灯りが充分に足もとを照らしている。迷うことなく目的地に向かって地下道を駆け抜けた男たちは、やがて、道のつきあたりに現れた鉄の扉のまえで足を止めた。
先頭を走っていた男が仲間を顧みる。互いに確認の意味をこめて小さく頷き合うと、リーダー格のその男は、胸ポケットから1枚のカードを取り出した。依頼者から入手した情報の解析結果をもとに複製された、専用のセキュリティ解除キーである。
この扉の向こう側は、すでに《セレスト・ブルー》の本拠地となる。
先達ては、追いこんだ獲物をあと一歩というところで取り逃がしたが、今度こそ任務を完遂させ、汚名を雪ぐことができそうだった。
作戦どおり、陽動部隊がおもてで派手に立ちまわっているおかげで、肝腎のアジトの護りはかなり手薄になっているはずである。一気に突入してしまえば、あとは手筈どおりに中央突破を図るのみ。
扉の横に取りつけられた装置にカードをスライドさせると、軽い電子音が鳴り響き、ロックの解除音がそのあとにつづいた。
突入体勢に入った男たちが、いっせいに身構える。扉が横にスライドして、勢いよく中に飛びこんだ彼らは、次の瞬間、互いにぶつかり合いながら蹈鞴を踏んで、その場に踏みとどまった。
10メートル四方ほどの狭い空間にたちこめた異様な気配。
「いらっしゃーい」
物騒な笑みを浮かべた少年たちが、侵入者たちを取り囲むようにして待ちかまえていた。




