第22章 熾烈なる攻防(2)
主水路といくつかの副水路が交じり合う比較的大きな分岐点に到達したルシファーは、四方に枝分かれする進路のうち、迷うことなく前方右手に伸びる狭い脇路に逸れた。そのまま壁面を蹴って天井の通気孔の蓋に飛びつくと、身軽く躰を回転させて上層階へ繋がる天井裏へと躰を滑りこませた。眼下を、いくつかの人影が通りすぎていく。正確に10秒が過ぎたその瞬間、水路の奥で爆音が響いた。
――これで5つめ。
心の中で呟いて、ふたたびもとの階へ降り立つ。同時に、爆音を聞きつけて引き返してきた別集団と鉢合わせして、そのまま接近戦へとなだれこんだ。
出会いがしら、相手が反応するより早く身を沈めたルシファーは、鋭く足を払って先頭にいたひとりのバランスを崩し、倒れこんできたその喉笛にナイフを突きこんだ。瞬く間にひとりめを片付け、その流れの延長でナイフを抜きとる動作に合わせて、物言わぬ物体と化した少年の躰を仲間たちのほうへ突き飛ばす。受け止めそこねて体勢を崩したふたりめの眉間に、血塗れた刃の切っ先が突き立った。ふたりめが倒れると同時に、その横にいた3人目が無言でその上に折り重なるように倒れる。その左胸を、いつのまにか1発の銃弾が喰い破っていた。
「あ……、ああっ」
最後のひとりが腰を抜かして後退る。ルシファーは、ゆっくりとその少年に近づいていった。
「よっ、寄るな化け物っ。悪魔! たっ、たのむ、助けてくれっ、たすけて…っ、許してください。なんでも言うことを聞きますっ! おねがいっ」
壁ぎわまで追いつめられた少年は、必死になって命乞いをした。ルシファーは、その額に銃口を押し当てると、無表情のまま引き金を引き絞った。
ハッ、ハッと肩で息をしながら、顔に飛び散った返り血を無造作に拭う。シンと静まりかえったその場を見渡し、ルシファーは、ひんやりとした壁に身を預けてしばし瞳を閉じた。
あと、ひとり……。
心中で自分に言い聞かせ、やがて目を開けたルシファーは、口許を引き結んで移動を再開した。
「ディック、次が第3ルート2のGFだったな?」
「はい。地上の造船関連の工場跡地へ出るはずです」
「わかった。デル、セレストの状況はどうだ?」
「ボスの予想どおりだったわ。黒服着た、こわーいお兄さんたちがいっぱいお出ましよ。ガイルとロルカが中心になって、いま歓迎してるとこ」
「大丈夫か?」
「ご心配なく。あなたの手下たちを信用なさい。これでも腕利きばかりの精鋭ぞろいなんですからね。ついいましがた、ラフたちも戻って合流したから、万事予定どおりに進められると思うわ」
「了解。俺も次でカタをつける」
「ボスこそ大丈夫なの?」
「だれに訊いてる」
笑って、ルシファーはいったん通話を切った。
亡父の葬儀のため、《ウィンストン》へ一時帰省したシュナウザー。予想どおり、マリンはその不在期間を狙って行動を起こした。
どこまでがシュナウザーの意思を含んでいるのか、はっきりしたことはわからない。だが、シヴァを狙う執拗なその行為を、このまま座視するわけにいかなかった。
アドルフ・シュナウザーの影。
その影こそが、そのじつ、もっとも悪質で厄介な敵であった。




