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地上に眠る蒼穹~Celeste blue~  作者: ZAKI
第1部 スラム編
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第2章 フリーカメラマン(4)

 本来、赤毛の相棒は、好き嫌いのはっきりした気難し屋なたちのようだったが、一度信頼を得てしまえば、このうえなく寛容で話せる相手だった。




「――まあ、とにかく、なにごともなくてよかったよ」


 怒りをぶちまけてようやく気がおさまると、レオは仏頂面で呟いて腕を組んだ。その仕種しぐさが妙にはまっていて、翼は思わずふふっと笑う。凛々しい眉の下のグレーの瞳が、途端に怪訝けげんな色を浮かべて青年を顧みた。


「なんかね、レオって包容力があって、『お父さん』みたいだなあって思って」

「おとっ――」


 一瞬絶句した女傑は、邪気のない笑顔を向けてくる青年をまじまじと見つめ、がっくりと肩を落とした。


 ――いいけどね、べつに……。


「で、躰のほうはどうなんだい? 全治1週間て見立てらしいけど」

「うん。ちゃんと手当てを受けて、今日1日ゆっくり休ませてもらったから、もう平気。明日には退院してもいいって」

「……悪かったね」

「え?」

「あたしがちゃんとついててやれれば、こんな目に遭わなくて済んだのにさ」

「レオのせいじゃないよ。僕が不注意だったから……」

「そりゃそうだ。まったく困った坊ちゃんだよ、これじゃおちおち目も離せやしない」


 レオは苦笑混じりにぼやき、翼はゴメンと小さく舌を出した。なごやかになりつつあった空気は、しかしそこで一転した。


「にしても、想像以上の曲者くせものだな」


 レオの瞳に、たちまち剣呑な光が浮かんだ。その様子に、翼は目を瞠った。


「シュナウザーさ。コトの発端は、結局あいつだったんだろ? お偉い役人なんてのは総じて信用ならないもんだが、奴は中でも群を抜いてるね」

「レオ、違うっ。誤解だって! シュナウザー局長には、むしろ危ないところを助けてもらったうえに、その後もいろいろと――って、まさか、彼に喰ってかかったりしたんじゃ……」

「ああ、もちろんそのつもりだったさ。けど生憎、到着してからこっち、まだ会ってない。仕事の都合で、明日にならないと躰が空かないんだと。それもどうだか、わかったもんじゃないけどね」

「レオ、頼むからもっと穏便にいこう? 今回のことは全面的に僕が悪かったんだし、このうえシュナウザー局長まで非難されるようなことになったら、僕の立つ瀬がなくなっちゃうよ」


 翼は必死にとりなした。眉間に皺を寄せて翼の言うことに耳を傾けていた相棒は、しばし考えこんだ末、それにはコメントせず、別の方向に話題の鉾先を転じた。


「まあ、それはともかく、退院したらもろもろ、被害届の提出やら事情聴取やら、面倒な手続きがいろいろあるんだろ?」

「うん。事情聴取といくつかの必要な届け出は、午前中のうちに警察関係の人が病室まで足を運んでくれたから、それで済ませたんだけど、再発行の手続きがね」

「再発行手続?」

「うん。手首に嵌めてた通信端末も、IDチップごとなくしちゃって」

「なんてこった……」


 レオは額に手を当てて呻いた。


《メガロポリス》では、住民すべてに居住者本人の個体情報が記録されたIDチップの常時携帯が義務づけられている。持ち運びの煩わしさを嫌って直接体内に埋めこんでいる者もいるが、不具合が発生した場合に取り出す手間が生じることもあるため、おおかたは指輪やペンダント、ピアスといったアクセサリー、あるいは所有する個人使用の端末に取りこんで利用する方法を選んで携行していた。


 IDチップは、居住者の市民ナンバー、遺伝子パターン、暗証番号と三重のロックにより守られている。そのため、紛失や盗難被害に遭ったとしても、それ自体が第三者に悪用されるおそれはまずない。しかし、公共施設や乗り物の利用、買い物、学校や会社といった所属団体での在籍事実を含む身分証明にいたるまで、《メガロポリス》での生活そのものが、このIDチップにより成り立っていた。非常時の仮認証として、指紋や網膜を代用することは可能だったが、それらはあくまで一時しのぎの認証手段にすぎなかった。

 紛失時に端末から浮かび上がった妻と娘のホログラムは、このIDチップに記録しておいた映像だった。


「ほんとにごめん」


 如何にも情けなさそうに上目遣いをよこす青年に、レオはやれやれと肩を竦めた。


「こればっかりはしょうがないよ。事情が事情だからね」

「うん……」


 曖昧に頷いた翼は、ややあってから、躊躇いがちに赤毛の相棒に話を切り出した。 


「あの、ところで仕事のことなんだけど」

「ああ、気にすることはないよ。体調も含めて、万全の準備を整えてからはじめればいい。遅れはこの先、いくらだって取り戻せるさ。こういうときに焦っても、いいことはないからね」

「あ、うん。それはもちろん、そうなんだけど……」


 煮え切らないその口調に、レオは眉宇を顰めた。


「あの、じつは追いかけたいグループがあって」

「追いかけたいグループ? 取材対象としてってことかい?」

「そう。昨日、僕が巻きこまれた事件に関わってるグループのひとつで、《セレスト・ブルー》っていうんだけど……」

「ああ、それなら聞いてる。けど、そりゃヤバいんじゃないか? あんた、唯一の目撃者なんだしさ。グループ自体、ボス筆頭に相当危ない奴らがそろってるって話なんだろ?」

「うん…、そうなんだけど……」


 なおも歯切れ悪く応じる翼の様子をじっと見つめていたレオは、やがて息をつくと軽い調子で言った。


「ま、いいさ。そこまで言うなら、あんたがやりたいようにやってみれば」

「……え?」

「だから、OKってこと。こっちのことは気にせず、自分が思うとおりにやってみな。なんかあったら、あたしがきっちりフォローしてやるよ。相棒としてね」

「ただでさえ危ないのに、さらに輪をかけた悪条件に自分から首つっこむことになるけど、それでもかまわない?」

「どうせここまでくりゃ、ちょっとだろうがそうでなかろうが、たいして変わんないよ。なら、はじめから妥協しないで、思いっきりやってみようぜ」


《セレスト・ブルー》にこだわる理由も聞かず、レオは快く翼の希望を受け容れてくれた。その頼もしい後押しが、いまはなにより心強かった。

 取材対象の的を絞ったところで、実際に近づけるかどうかはわからない。ひょっとすると、話を聞くどころか、グループに関する手がかりを見つけ出すこと自体、無謀な試みなのかもしれない。

 それでも許された時間の中で、やれるだけのことをやってみたかった。


〈彼〉を、諦めたくはない。


 それが、ひと晩中悪夢にうなされつづけた翼が出した、ただひとつの答えだった。

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