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スクターブルクの王女  作者: ロックスタイル
1/1

侵略そしてアンチヒロインの誕生

 その部屋は外部の情報をほとんど遮断していた。晩夏とはいってもまだ暑い。日がちょうど真上にくる今の時間では百姓も木陰に避難し、時折吹く風に触れ、木の葉のゆれる音を聞きながら、呆然と広い大地と吸い込まれそうな青い空に見入っている。そんな時間だった。

 しかし、今自分のいる場所は不気味なほどうす寒い。

石に囲まれた、地下室であった。

 入った当初、鼻につん、とくるようなほこりの臭いはもうなれていた。壁や床に使われている石のごつごつとした質感も日ごろから野に出ることが多かった彼女にはさして問題ではなかった。しかし、光まで遮断してしまう地下室の暗黒はさすがにこたえはじめてきた。

ここではまず脱出は不可能と踏んでいるのか、敵の監守も階段の上にある入り口にしかおらず、彼らが明かりや情報をもたらすのは1日に2回の食事の時だけである。それ以外は何の情報をもたらすこともない。ただ一緒の部屋には二人の姉と母親がいたが、境遇による不満をののしる声を無意味に張り上げるだけで、身内である彼女でさえうんざりさせられるだけであった。今では気迫は低下したものの狂気はさらにエスカレートし、「ぎゃーぎゃー」とヒステリックなうめき声を響かせていた。

彼女はただ静かに待った。不安がないという訳ではない。ただ日頃の経験から、騒いでもどうにもならない場合というものを知っているため、行動に移さないだけである。

また、そんな無駄なことで、自分のプライドを傷つけるような行為をしたくない。という強い思いも働いていた。彼女は特別階級として民衆を差別するような見識はないが王族としての態度には毅然としているのだ。

彼女は寝ることにした。そうすればこの暗黒も気にならないし、今度地上に出たときのために少しでも生気を残しておく必要があったからだ。

国民は失望の只中にある。そんな時にこそしっかりとした態度で希望を抱かせるのが主たるものたちの役目だ。

彼女にはそういった考えがあった。王族としての特権を重要視し、義務についておろそかになりつつあるこの国にとっては珍しい存在であったといえる。そして静かに目を閉じた。来るべき日に備えるために。

彼女こそスクターブルクの国民の誰もが真から主として認めている唯一の王女。パルテシア王女であった

ことの始まりは五日前。スクターブルクに隣国のトラスコが侵略してきたことに始まる。この国では女性は戦争について深く関わることができないため、宣戦布告の内容を記した手紙を直接みてはいない。

しかし、彼女を慕ってくれている兵隊が話してくれたところによると、その手紙には「貴殿にはその理由がわかるはずだ。」としか書かれていなかったらしい。


スクターブルクはただ農業と漁業で成り立っている中堅の国であった。周りには、婚姻関係を結んでいるロタスのほか、大国のトラスコとユリシアがあり、常に他国に気を使う必要があった。

そんなスクターブルク王の三女として生まれたのがパルテシア王女である。

彼女はごく普通の王女として育てられた。

しかし他の王女たちがおしゃれや音楽に惹かれていく中、彼女は護身術として習っている槍などの武術に関心をもっていた。

その理由はすこぶる不純である。つまり、その武術の先生に恋をしていたからである。

もともとそういうことは彼女に限らずよくあることなのだ。ただ武術の先生に恋をしてしまったのが彼女にとって良きにせよ悪きにせよ運命の分かれ道になったのだろう。

彼女は7歳の頃、その武術を習い始めた。スクターブルクが回りに比べ弱国であることから女性でもいざとなったらせめて自分の身だけでも守る必要があったのだ。

教師はルーデスといい、平民の兵士である。その兵士は他国にまでその名を響かせるほどの武人であったが。決闘により足をやられ、以後、その不自由な体で彼女達に武術を教えることになったのである。

ルーデス自身はその決闘に対してあまり、口にしなかったが、その決闘がユリシアとの見世物としての決闘であり、ルーデス自身が、王から相手国を立てるためにわざと負けることを強要されていたことは誰もがしっていることであった。

彼女はルーデスの教えを受けるうちに、平民らしい気さくで、温厚な、彼の性格に次第に引かれていった。

ルーデス自身はそんな彼女の思いの真相を理解はしておらず熱心な生徒だなあとしか思っていなかった。

しかし、彼女が14歳の時、彼は突然解雇された。理由は姉たちが少々過酷ともいえる彼の教練に対し、不満を申し出たからである。

姉たちは実際にないことまでしゃべったらしく、パルテシアだけ続けることをついに許可してもらえなかった。ただ彼女の嘆願のおかげでルーデスは国外追放で決着がついた。

最後の教練の日、彼女はルーデスに告白をした。

彼女はいつもの教練の服ではなく。白いドレス姿であった。



彼女は涙を流しながらいった。

「愛しています。」と





彼女はルーデスが「愛している。」といってくれたのならそのまま彼についていくつもりでいた。

そのころは、たとえルーデスの足が不自由でも逃げ延びることができるという自信さえもっていたのだ。

ただそれは緻密な計算と能力からくる自身ではなく、ルーデスに向けた彼女の深すぎる情熱によるものだった。



ルーデスは静かに笑った。


そして


「身分が違います。どうかお忘れください。」





と、


そう告げた。





そして

静かに腰に手を当て



彼女の口に



そっと


唇を重ねた。











彼女は目を覚ました。相変わらず暗い部屋の中では、雷鳴の音が響いていた。

換気口が外につながっているため、そこから聞こえてきているようだ。

いつのまにかしみこんだ雨と外の湿気のせいでぬれているらしく、石に「ぬるり」とした不快な感触があった。

異様な寒さが渦巻き、彼女は自分の身を寄せた。


あの時、幼かった私によく接吻をしてくれた。

と思う。


夢の中で再現した、もっとも幸せだった過去に、彼女はそう思わずにはいられなかったのだ。

ルーデスが自分を愛していたのかどうか。はわからない。だが彼女を思ってくれたことと、けっして自分を恨んでいなかったということは確かだった。

彼とはもう会えないだろう。

たとえ会えたとしても「その時」には会いたくはない。

もし自分を愛しているのなら…



そう思った。



彼女が活発的に民衆とふれあいはじめたのはルーデスと別れた、そのときからだ。

姉や父の態度に明らかな反感心が芽生えたのが始めの原因であった。

まず彼女は自分の財産の半分を民衆に分け与えた。ただし「ただ」で与えたわけではない。

ただで与えればそれはすぐに使いはたしてしまうことは目に見えていたし、平等に分け与えるほどの資金を持ち合わせてもいなかったからだ。

そこで以下のような触れをつくった。

一つ。農業で役立つものを作ったもの

二つ。漁業に役立つものを作ったもの

三つ。城の経費を節約できたもの

四つ。おいしく安く作れる料理の方法を考案したものそれぞれ産業の発展が見通せたものに対しては褒章を与える。


この四つの触れには彼女のいろいろな思惑がある。

まず、はじめの二つは国の基盤となる産業の発展をうながすための目的。そしてもし発明品になるのならそれを他国に販売し産業とすることができる。

またすべてに共通することは、女子供。または年配のものでも十分に、この触れを活用でき、そういった人たちの立場の改善を促せた。

四番目の料理の案は自分がそれを食べたいからではない。

スクターブルクは多くの国に面しているため旅人が通ることも少なくはない。そのため宿屋付近にそういった料理を並べる店を作ることで、国の印象を向上させる目的もあった。

彼女が行ったのはこの触れだけではない。

城内のお抱え医師を協力させ、薬草を割り出し、民衆に栽培させた。

これは民衆の病気による死者を激減させることができた。

民衆がただで利用できる診療所を作り、大々的に宣伝をした。これを偽善的行為として考えるものはすくなくないが、戦争の名目を常に探している当時の状況から考えれば、彼女の対策は、的確な処置であったといえるだろう。下手をすると他国から戦争の準備ととられる可能性もあったからだ。

教育分野ではそうした医学的な知識を付けることを名目に勉強したい子供を集めた。普段は医学知識のある人を採用しあるときは自分で教えた。名目を設けたのは労働力となっている子供の時間をさくということに対し、親の同意を得るためだった。

ただし、この授業には一つ条件があった。それは学ぶ子供たちが清潔にしてくることである。さすがに不清潔な子を相手にするのは本人がいやだった。

そのため子供らは川に行って体を洗い、ついでに服も洗う。だから冬になると医学を学ぶはずが逆に全員かぜを引く。という状況に陥り、彼女を苦笑させた。

とまあいくつかの失敗はさておき、こういった行政を行う彼女に対し、民衆は深く尊敬の念を描くようになったのである。

一方、彼女は王室ではかなりシビアな態度をとっていた。

当時、王室ではギャンブルが流行し、姉や友人が借金を頼みにくることはままあった。彼女はもちろん快く貸した。そして笑顔で高利の金利もしっかり徴収していたのである。彼女は自分の計画のため、資金の収得がどうしても必要だったのだ。

こうして王室の家族に嫌われながら、パルテシアは民衆の心をつかんでいったのである。


そして今…


その王女は他国の手によってその名誉とともに処刑されようとしていた。





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