偶発
ヨハンはまだこの大会で1本もシュートを外していない。
シュート3本で3ゴールという超効率。このデータを見るだけでも警戒に値する選手だ。
そしてそのすべての得点がチームの決勝点。
そこまでくればもう偶然とは思わない。ヨハンは『持って』などいない。実力を隠し必要な時にだけ点を獲っている、そう判断するべきだ。
ただ見ただけでは並の身長、サッカー選手にしては細い足腰の持ち主にすぎない。
ビッグクラブのユースチームに所属しているがオランダの代表選手なのだからそれは当たり前のことだ。大会前ヨハンは決して名の知れた存在ではなかった。トップチームとプロ契約すらしていないのだ。
……奴が言う病気云々が真実だとしたら、それが理由になるのかもしれないが。
前半25分。決勝戦の全体の4分の1以上が経過している。時間など関係ない。サッカーにおいて動かない時間は眠っているかのように静かで、動く時間は嵐のように騒がしいものだから。
まだこの時間帯、試合が動く嵐の前兆を見つけることはできない。
俺と古谷が前からプレッシャーをかける。オランダの右サイドバックがGKにむかって斜めのバックパス。
俺と古谷は深追いをせず自陣に引き返す。するとGKは前へドリブル。ペナルティエリアから出て味方へ渡すようだ。
もしここで奪えればロングシュートが決まるだろう。日本の半分以上のプレイヤーがそれを高い確率で実行できる。
しかし相手のキャプテンのボール捌きは一目でわかるほど達者だ。2メートルのGKのフィールドプレイヤーと遜色しないレヴェルの繊細なタッチ。
彼から左斜め前のオランダの4番へ。(ヨハンが右サイドに移動する)。
志賀が前を塞ぐ前に左サイドバックへ。
休まない志賀はそのまま左サイドバックのもとへ駆け寄る。
それを見て左サイドバックは判断よく4番へリターン。小柄ながら高い身体能力。攻撃的なサイドバックだ。
(ヨハンがボールをもらうため右斜め前へ走りだした)。
志賀が4番とヨハンのパスコースを切る動き。だが4番の選択はヨハンではなく、
ヨハンがつくったスペースに走っていたボランチ。志賀の背後にボールが走る。
オランダはあえてキープレイヤーのヨハンにパスを出さないことでボールをここまで運ぶことに成功した。
小柄なオランダの16番がセンターサークル内で前をむく。(スピードではヨハンに次ぐ選手だとコーチに注意を受けていたことを思い出す)。
俺と志賀がはさんで止めようとしたがその前に横パス。フリーになった右サイドバックが上がる。
オランダの右サイドバック、右ウィング対日本の左サイドバック左沢、左ボランチ有村。2対2の状況ができている。日本の最終ラインは深い位置にまで引きずりこまれている。
ボールを持たないウィングがタッチライン、ゴールライン際を駆け抜けた。
オランダのサイドバックは真横にドリブル。ウィングへのパスを読んでいた有村はついていくのがやっとだ。
オランダの10番にむかって強い横パス!
10番はスルー。
その背後のスペースに16番が走っていた。(前方の織部と近衛は間に合わない!)
フリーでグラウンダーのミドルシュートを撃たれる。GKのとりにくいコースに飛んだしかし、
逢瀬がスライディングでシュートブロック。さらに前方に転がったボールにみずから詰め寄っていく。
逢瀬の眼が真横から滑りこむオレンジの影を認めた。
オランダの10番! スライディングでボールを斜め後方に逸らした。
逢瀬はボールを追いかける。追いかけた先にはオランダの17番がいる。ヨハン対逢瀬。ヨハンは逢瀬を制するように左手を伸ばす。まるで『自分を止めることはお前にはできない』とでもいいたそうなジェスチャーだ。逢瀬は臆せずヨハンの懐に飛びこむ。ヨハンは右インサイドで左の軸足後ろにボールを通す。瞬殺。右からではなく左から逢瀬をぶち抜き、即座に、他のすべての日本選手が寄せてくる前に、左アウトフロントキックでボールを完全にコントロールし、体重が前に乗ったマルコーニの上を越す軌道、クロスバーの10センチ下にむかってシュートを放った。