手玉
『左沢成通その1』
左沢成通
所属チーム/山形ユース
適性ポディション/ボランチ・トップ下
背番号/13
利き足/両
学年/高校2年
出身地/山形
身長/177cm
体重/67kg
呼称/アテラ・ナリなど
日本選手のなかでパスの名手4傑をつくればおそらく入るのは有村、俺、佐伯、左沢が選ばれるだろう。
有村はもう結果をだしている。準決勝の2点と決勝の1点すべてのゴールにからんでいた。
低い位置での組み立てはもちろんのこと、直接ゴールにつながる難しいパスをペナルティエリア内に出すこともある。
奴の長所は『共感力』の高さ。味方が今1番欲しいパスを奴は感じとれる。だからこそウルグアイ戦ですべてのパスを通してみせることができた。奴がボールに触れるだけで試合が落ち着きだす。相手が強くても日本は普段のサッカーができる。
有村コウスケの怖いところはその『共感力』を相手にむけることができることだ。たとえば有村がAというパスを出すという仕草を見せると対戦相手はそれに騙されてしまう。奴の足や視線を使ったパスフェイントは誰にも見破れない。有村が他のBという選手に出したパスに1歩か2歩確実に対応が遅れてしまう。
俺については言うまでもない。前言したようにドリブルとシュートがおかしいレヴェルなのでほっておいても敵が自分に集まるのだから味方へはパスが通りやすい。今日は前線でプレーするからアシストのチャンスもあるだろう。
佐伯は50メートル60メートルのロングパスを平気で通す視野の広さを有している。フィールド上のどこにいても相手の脅威になる選手、MFでは1番相手ゴールから遠いのに勝負を決めるプレーができる選手だった。だが代表では俺や有村に遠慮があったのかクラブの試合で見せるような一発のあるパスはほとんど現れなかった。
左沢の特長は両足が同等に使えること。そしてあらゆる球種のパスをその両足で蹴りわけることができることだ。
左沢ほどの能力者ならばボールを手で使う感覚で蹴ることができる。自由なタイミング、自由な軌道、自由な回転でボールを操れる。奴のパスはサッカーではなくボールを手で扱う競技のプレーに例えられる。
俺のなかでもっとも記憶に残る左沢のパスはもちろん、初戦のアルゼンチン戦でのアシストとなったパスだ。バウンドしたボールをダイレクトで真横に蹴りサイドチェンジ。例えるならバレーのオープントスだった。
そして決勝戦の前半16分に見せたあのパス、あれを例えるならアメリカンフットボールのタッチダウンパスだ。
前半16分、日本の攻撃。
あいかわらずヨハンはDFの前でプレーしている。しかし試合中フィールドのどこかでふらふらしていることはビデオで観ていたから予想できた。オランダの17番はポディションにこだわらず常にチームにとって必要な位置にいる。
日本のセンターバックがぺナルティエリア前でボールを回す。オランダは3人がかりでプレッシャーをかける。
有村が中盤から降りて2人のセンターバックの間にはいる。これまで活躍したせいもあるだろう。相手のマークが激しくなっている。この位置でも前をむかせないオランダの守り。
ここまで上がってきた大型ボランチにボールを奪われそうになったところ、逢瀬がフォローし(というか有村から奪いとって)4メール前の左沢に出す。
左サイドバックの左沢が中央でDFのフォローに。タッチライン際でプレーするよりも角度がある中央でプレーさせるプランが日本にはある。なんといったってこいつはチーム屈指のパサーなのだから。
相手ゴールまで約70メートル。だがどんな位置にいてもこいつに前をむかせたら。
チャンスになる(最前線で俺と志賀が走りだしている)。
戻るDFがぎりぎり触れない低い弾道のロングパス。
4秒後、計算されたバウンドでボールが弾み膝の高さで俺のもとへ。しかし俺は走るのを止める。
俺と志賀は見事に釣られた。
線審が旗を上げ笛を鳴らす。
オフサイドだ。確認するまでもなく明々白々に。
左沢がボールを蹴る直前、1人他のDFよりフィールドの5メートル後方に下がっていたヨハン。俺が右に、志賀が左に流れアタッキングサードでの状況は2対1。
日本陣内で左沢がボールをやや前方に転がし、インステップキックを蹴る動作に入ると同時にヨハンが勢いよく前方へ駆け出し、俺と志賀を置き去りにし(オフサイドラインが上がり)、俺が左沢のボールに触れた時点でオフサイドが成立する。
ヨハンはたった1人でオフサイドトラップを成功させてしまった。1人でしかけるなら連携ミスなどありはしない。
……FWのこいつがオフサイドトラップ?
オランダのDFたちが白い目でヨハンを見る。こいつは悪目立ちしすぎだ。
ヨハンは気にせず身振りをくわえながら味方に指示を出していた。
GKがFKを蹴るようだ。DFにラインをあげるよう指示を出す。
ヨハンが俺に話しかける。すごい笑顔だ。「やあ見事にかかったね」
俺は答える。「気づいてはいたんだよ……だが」
こいつの押上げが以上に速かった。俺と志賀もヨハンの戻りについていこうとしたのだが、あっという間に前方の味方のDFに追いつきやがった。あの速さを攻撃に使われたら……。
「お前は今日ずっとDFやるのか? ビハインドあるのに」
「1点なんていつだってとり返せるよ」
「うちのセンターバック舐めてるの?」
「舐めてなんかないよ。最後の試合にあんな奴らと戦えて本当に良かった」誰が信じるかよ。「でも俺は病み上がりだから常に全力は出せない。点は獲るべきときに獲らないと」
そんなことくらいわかってる。「そうかよ……腐りかけは上手いってやつか」
「酷いこと言うね。……じゃ、そろそろ前いこっかな」
『大槌退その1』
大槌退(おおつち・まかる)
所属チーム/松山ユース
適性ポディション/センターバック・サイドバック
背番号/2
利き足/右
学年/高校2年
出身地/愛媛
身長/185cm
体重/74kg
呼称/マカル・ツッチーなど
大槌退は俺の戦友だ。10年に1人のセンターバックと持ち上げられ守備の要として期待され続け、全国でも最高のDFとされ続けた。高い身長。スピード。相手の攻撃を察知する頭の良さ。長い間俺と大槌が代表チームの攻守を引っ張ってきていた。
しかし1年前、仙台で行われた国際大会で逢瀬が台頭。
そして本大会直前、小柄ながらボール奪取に長けた近衛にポディションを奪われた。
大槌をけなすつもりは決してない。大槌は決して選手として伸び悩んでなどいない。
相手が悪すぎた。逢瀬と近衛はどちらも日本サッカーにおいて超世の才を持つDF。3バックならセンターバックで試合に出られただろうが、青野さんは選手たちが慣れ親しんだ4バックを好む。
大槌には攻撃的なセンスもある。それについてはこの試合の古谷へのアシストで証明されているはずだ。
前半19分。
右サイドバックの大槌が逆サイドを見ている。
ボールを持った自分が相手選手を引き寄せているのを確認し、左サイドに長いパス。
キャプテン逢瀬の頭上をボールが通過し左センターバックの近衛へ。
近衛が10メートルドリブル。ヨハンがジョギングで近づいてくるのを見てさらに左に展開。
左沢はファーストタッチ。ボールをラインにむかって転がす。
(タッチライン上で待つ前方のフルヤか?)
オランダのFWが左沢・古谷間のパスコースを切るが、
左沢はパスからドリブルにきりかえ中央にむかって進む。右前方の織部へ。
織部はダイレクトで左沢へ。
左沢はここでもサイドバックらしからぬ動き。ハーフウェーラインに沿ってドリブル。センターサークルに左側から入っている。左沢の前方には志賀。そのさら前方には俺が。逆サイドの古谷も含め3人のFWが全員下がった形だ。
すべての選手がボールを追いかけ右へみぎへ寄っていく。
左沢から志賀へ横パス。ここから加速。
すでにオランダを囲うための鳥籠は作成されている。
志賀、俺、志賀。逆Vの字のパスコース。ディフェンスラインと3人のMFの前だ。
俺は屈強なボランチとセンターバックの間の極狭い領域に足を進める。ここでボールをキープできる選手はこのフィールドに存在しないだろう。
志賀は俺の胸元にむけて強いパス!
無理だ! 俺でもこのボールをさばいてボレーだなんて撃てない、他の選手に有効なパスなんていれられない。前なんてむけない。上手くトラップしてドリブルで逃げても秒で奪われるのがオチ。
だから触らない。
右の大外に大槌が上がっていることには気づいていた。日本の右サイドバックは上がるタイミングを間違えなかった。(元々センターバックなだけに相手守備陣が嫌がるタイミングでスペースへ走りだせる)。
志賀の右アウトフロントキックによるスルーパス。
前半0分同様上手く相手の警戒をかいくぐり大槌が抜け出した。ペナルティエリアの右側からオランダゴールへ迫る!
オランダのDFが距離を詰める。だが加速していた大槌に対し奴らは俺を見るため足を止めていた。
ゴールエリア右、GKと正対。
ゴールに対し角度がなさすぎる。広いほうへきりかえせばDFが間に合う。大槌1人では決めきれない。
だがFW3人はここまでボールを運ぶパスワークに使ってしまった。俺と織部がようやくペナルティエリアに入りボールを要求したが、
大槌の眼には入っていない。
大槌の眼に入っているのは、
ニアサイドの俺でもなくファーサイドの織部でもなくフィールドのど真ん中をつっきていた逢瀬博務。実に8人の味方を抜いてここへ辿り着いた。大槌は2人のDFの上を越すゆるやかなパスを選ぶ。
センターバックにしてフィールド上最速の逢瀬が、全速のままボールに触れて決めようとする。
キャプテンの伸ばした右足とボールの間に1人の選手が割ってはいった。右足爪先で放ったシュートが先んじた。ジャンピングボレーを成功させた選手は左膝からフィールドに着地している。ヨハンのバックパスはGKの胸元に収まった。
立ち上がった彼は手でユニフォームの汚れを払った。逢瀬を見ながら言う。「ずっと尾けてたんだよ、気づかなかった?」
逢瀬は冷たい汗をかいている。英語だがなんとなくヨハンが話す内容は察することができる。(ああ気づいていた。大槌が志賀からのパスを受けた瞬間俺は走りだしていた。ペナルティエリア内にできたスペース。俺がフルスプリントすればまとわりつくオランダの17番をふりきり決めることができたはずなのに……)。
「追いかけて改めてわかったけど君はすごく足が速いね。競争になって10メートル以降はついていけないだろう。でも10メートル以内なら俺のほうがほんの少しだけ速い。知っての通りサッカーで大事なのはそっちのほうだ。……で、いい加減攻撃したいんだけど……さすがにここまでまた攻め上がったりはしないよね?」
日本の3番およびオランダの17番。この2人は試合中10メートル1秒を切る速さで走ることができる。陸上の静止した状態ではなくジョギングしながら、あるいはステップを踏んだ状態であるならば極一部の才能にその運動は可能である。
ヨハンでなければ逢瀬を止められなかった。ならば当然、逢瀬でなければヨハンは止められないということになる。