27秒
前半0分0秒、センターサークル内のオランダの10番がボールに触れ、
1秒、ヨハンが自陣にむかってドリブル、そして強いバックパス。センターバックの前に立つ大型ボランチにボールが走る。
2秒、古谷、志賀が勢いよく追いかけてきた。そのボランチに2人がかりで襲いかかる。
(俺はバランスをとりフィールドの中盤に残っている)。
3秒、ボランチはボールをスルー。ここは5メートル後ろのDFにボールを預ける。
(オランダの最終ラインが高い。連中の高い攻撃意識が伝わってくる)。
4秒、右のセンターバックがトラップ。左横をむいてパスコースを探す。
(志賀と古谷がそのままプレッシャーをかけにいく)。
5秒、センターバックからセンターバックへの20メートルのパス。
(前からきている日本の選手は2人だけ。これなら余裕でつなげられる)。
それがオランダのDFの総意だ。
6秒、左センターバックが右足でトラップ。後ろをむいた状態からターンし左サイドバックへ展開しようとした。しかしその選手に対し前方から古谷、背後から志賀。
7秒、左サイドをむいたその選手の前方に古谷は回りこむ。
古谷(ここで奪えば2対2になりますぞ!)
8秒、志賀は2人のセンターバックの直線上を走っていた。パスコースを消しながらボールホルダーの元にむかっている。
志賀。(これでセンターバックへリターンはない。GKへのバックパスはかっさらえるぞ)。
9秒、古谷対左センターバック。
ボールを右の足元に置いたDF、プレッシャーをかけにいくFW。
古谷。(タッチライン際まで開いた左サイドバックに出すか? 大きく蹴りだすか?)
10秒、オランダの4番は後者を選択した。左足でボールをゲームの外へ逃がそうとする。
4番のスイングした左足にあわせるように古谷が右足をその前へ浮かした。武道でいうところの『後の先』! ボールが脛にあたり古谷の前方に転がる。
今、ボールは日本がコントロールしている。
4番にユニフォームをつかまれたが古谷は倒れない。
(それを見て俺は前へ走りだした。しかしおそらく俺がそこへ辿り着く前に決着はしているはず)。
11秒、古谷はそのまま左斜めにゴールに突撃する。4番をスピードでふりきっている。
12秒、志賀が古谷から逃れるように左斜めに走る。
志賀。(ラストパスを要求する動きだが、お前が決めていい、古谷!)
古谷。(駄目だ! 3番の動きが速すぎる! このままではシュートエリアに入る前に追いつかれる)
13秒、古谷の横パス。長い足を伸ばし3番が爪先でボールに触れる。
何気なく奪ったように見えたが、オランダの3番は古谷にこれを誘っていた。パスコースを誘うように空けることで、古谷に志賀へのラストパスを選ばせた。古谷は当然速いパスを、人間には反応できないはずのボールを送ったが、読みきったセンターバックは体をひねり倒しながらボールに爪先で触れた。志賀の元にボールはとどかない。
逸機。
14秒、4番が長いボールを前方に送る。スタンドからため息と歓声。
ボールは日本の右サイドバック、大槌の元へ飛んでいった。
あれは古谷のミスだった。誰がどう見てもそう判断するだろう。古谷はあのままゴールの右ポストにむかって突っ走れば良かった。ペナルティエリアではファウルを犯せない。飛びだしたGKの頭上へループシュートを放っても良かった。GKとオランダの3番を十分引きつけてから志賀にシュートをゆずっても良かったのだ。
15秒、大槌から織部、織部から下がった俺にボールが回る。
それにしてもオランダの3番の今のプレー。間違いなく1点を防いだ守りだった。味方がボールを失い瞬間的に2対1の状況となり、それでもシュートを撃たせることなく日本のチャンスを潰した。海外にルーツがあるのだろう、チョコレート色の肌、長身、スキンヘッドという外見。動物的な速さ、長い足が相手にボールをコントロールさせない。まだワンプレーだけでは判断できないが……こいつが仮に逢瀬か近衛並のセンターバックだったとしたらこの試合、苦戦は必至だ。
16秒、大槌が俺や有村にむかって声をかけてから前にむかって歩いていく。
日本の最終ラインはハーフウェーライン上にある。オランダはいきなりのピンチに全体が引いて守っている。オランダの11番が1人残り逢瀬と近衛の前を歩いていた。
17秒、俺は左サイドバックの左沢に長いボール。左沢の前方に有村、それに志賀が流れてきそうだ。織部もボールサイドに近づいてくる。
俺の今日の役割はいわゆる『偽の9番』。古谷と志賀を前に残し、中盤でショートパスを回す流れのなかで徐々にポディションを上げていくことになる。
18秒、オランダの選手は目配せをしあいプレスをかけ始める位置を探っている。
1人で奪いにいくのでは意味がない。複数の選手でボールを持った選手を潰す。このレヴェルのサッカーでは簡単にロストする選手は中盤にいない。最前志賀と古谷がやってみせたように2人がかりで奪いにいく。
……古谷は大丈夫だろうか。決勝戦いきなりのビッグチャンスをふいにしてしまったことは理解しているはず。4試合ぶりに先発で起用された監督の信頼に応えられなかった。
19秒、俺は前方の古谷に大声で訴える。「古谷! 2秒で切り返せ! 1度失敗してもこれから挽回できるんだ!」ここであいつがあれこれ悩んだら、味方の1人が使い物にならないということになる。ハンディマッチはウルグアイ戦だけで十分だ。
フィールド上に俺の声が一際大きく響き渡る。オランダ選手も日本語はわからないだろうが気にはしているようだ。
ボールは左沢から有村に届けられた。ゴールまで50メートルの距離。その位置からだ。
20秒、まったく力みのないインステップキックだ。有村がロングパス。中盤左寄りからゴール前へ!
21秒、有村が狙ったのは右のタッチライン際から少しずつ慎重に加速していた大槌。
オランダ選手は集中しきれていない。まさか10秒後に大ピンチを迎えてしまうなど。有村に対しプレッシャーをかけきれなかった。
青野監督が試合前に狙ってみよう、と。「奇襲だ。最初のプレー、日本ボールになって中盤左寄りでボールを回し、味方と敵を集め、時間をつくっている間に大槌がばれないようにゴール前へ走ってみよう。40メートルから50メートルなら大槌が1番速いんだ。上手くいくかもしれない」
奇襲作戦が実った瞬間である。
大槌は左サイドバックの裏をとっていた。しかし相手のリカヴァーも速い。もう日本の2番の背後に回りこもうとしている。
22秒、大槌は背走しながら有村のパスを受ける。
(ゴールに背をむける形になる、だがこれがいい!)
ジャンプしながらトラップ。ボールは顔の高さに。
(ペナルティエリア内。相手は不用意に足を伸ばせないはず)。
23秒、大槌は両腕を伸ばし背後のDFに回りこませない。
(1秒あれば)。
24秒、その1秒が経過すれば。
ゴール前に残っていた古谷が大槌の横を走り抜ける。
25秒、大槌が左足で横パス。古谷は大槌のほうに体をむけていた。そうせざるを得なかった。
26秒、大槌がどのタイミングでパスを出すのか、キープし続けるのか、それともボールを奪われてしまっていたのかわからない。
首を振りながら走っていた古谷にはすべてが見えている。見えすぎるほど状況が見えていた。
GKが瞬発しようと重心を低くする。
大槌の背後の左サイドバックがニアサイドのシュートコースを消す。
大槌退はシュートのこぼれ球に反応しようと前を向く。
4番は大槌の前で足を止めていた。
3番が、あの恐ろしいDFが背後から足音を立て迫っている。
周りに味方はいない。そうだ、
お前が決めるんだ。
(小生が決める!)
トラップなど必要ない。
大槌からきたボールを一触。
左足アウトサイドでゴールの左隅に流しこんだ。
古谷山彦の失態は古谷山彦自身が贖った。
前半0分27秒、日本先制。
日本
1 - 0
オランダ