近衛類その1
近衛類(このえ・るい)
所属チーム/東京シティユース
適性ポディション/センターバック・アンカー
背番号/5
利き足/左
学年/高校2年
出身地/東京
身長/174cm
体重/68kg
呼称/ルイなど
回想。
アルゼンチン戦の3日前の出来事である。
宿泊先のホテル近くの練習場でその日のトレーニングを開始した。
4対4のミニゲーム。
後方でのパス交換から青いビブスをつけた古谷が2人をかわし抜け出した。
1人で守る近衛は半身になって後ろに走る。遅らせる守備。
タッチがわずかに大きくなった。その瞬間近衛は立ち止まり相手選手と激突。古谷は胸からピッチに倒れる。
ボールに先に触れたのは近衛だ。攻める側がDFに突っこんできたとみなされた。ピッチ内で練習を観ている青野さんは笛を鳴らさない。起き上がった古谷が叫ぶ。「痛いですぞ類殿!」その話し方はどうなんだろう。
一方近衛は涼しい顔。
俺は同じビブス組の古谷に指摘する。「お前のタッチが大きかったから止められたんだろ」
古谷は顔を押さえながら続ける。「そうだった! けどわざわざ怪我をさせるような止め方をする必要はなかったですぞ!」
「その話し方なんなの?」
それに怪我なんてしてない。
近衛が口を開く。「卑怯だと思いましたか?」
坊主頭の古谷が同意した。「そうです卑怯ですぞ!」
近衛は指摘した。
「古谷さんはたとえばアルゼンチン選手が同じ止め方をしたら食ってかかるんですか?」
「それは……」
「今のは正当なチャージですよ。主審はまず流します。それどころか抗議した古谷さんが眼をつけられますよ」
「これは練習ですぞ! ボールを奪うだけで良かったはず!」
「古谷さんは練習のための練習をしてるんですね。試合のための練習ではなく。わかりました。今後はこんなことがないよう注意します。みんなにも伝えておきましょう。古谷さんは練習がしたくてここまでやってきてくれたんだって……」
古谷は話し方を変える。「小生は決してそんな意味では……」
俺は小さな声で。「だからどうして自分のこと『小生』とか言うの?」
近衛は続ける。「古谷さんは僕が卑怯だと言いたいんでしょう? まぁ実際卑怯者なんです。たとえば身長にしたってサバ読んで申告してます。本当は171センチしかないんです。そんなのがセンターバックでプレーしている意味をよく考えてください……僕は自分のすべてをだしきらなければこのポディションにはいれなかった。フィジカルも、スピードも、状況判断も、味方への指示も、ボールのつなぎも、相手の戦力分析も全部やりきらなければいけなかったんです。なら当然駆け引きでも負けられません。古谷は僕に倒されて怒ったでしょう?」
「あんなことをされたら誰だって……」
「僕の『挑発』が成功したってことです。冷静さを失ったプレイヤーは相手の脅威にはならない。君は今僕に負けたんだ」
古谷は確かに冷静さを失っている。今でもそうなのだ。「……こんなたかが練習で」
「練習でも本気じゃなきゃ駄目に決まってます。僕は試合の時だけギアをいれかえるなんて器用な真似はできない。倉木さんはどう思います?」
俺は答える。「だいたい近衛のほうが正しいと思うよ。今の守り方がダーティって言うけどアルゼンチンのDFはもっとえげつねぇだろうさ」
近衛は俺のほうをむいて。「安心してください。アルゼンチン相手には今みたいな眠たい守り方はしないですから」久我重明かお前は。「僕のほうが心無いです」
俺はボールを両足ではさみ拍手。
古谷はまた怒って。「倉木殿は試合じゃない時ふざけすぎですぞ!」
「オン・オフのきりかえが極端なだけだよ」と俺。「ふーだーんーはーこーんーなーんでも」声質を渋くして。「試合になればほらこのように真面目」
「声だけですぞ!」