邂逅
……46時間前。
これ以上走ったら過労死しそうなくらい体力しか残っていなかったのに3日後にはなんかいい感じに回復していた。適当に眠って適当に食べた結果だろう。練習は調整程度で何もしていない。対戦するオランダの情報を頭に通し連携面でのすり合わせ。それだけに終始する3日間だった。
決勝戦の3時間前に3位決定戦が同じスタジアムで行われる。ウルグアイアルゼンチン共にサブメンバー中心に選手が出場する。準決勝、試合終了直後ピッチに泣き崩れていたボルヘスが途中出場する。ゴールを決めこれで大会通算6ゴール。ナイジェリアのサロ=ウィアと並んで現在得点王だ。もちろんそんなことはどうでもいい。
ロッカールームにいてもスタジアムのざわめきは聞こえてくる。今日はまだ音量が小さいようだ。3位決定戦など前座でしかない。世界一を決める戦いに比べたらどんなゲームの盛り上がりも霞むだろう。
今、スタジアムのロッカールームにいる。
志賀がコンディショニングコーチにテーピングをしてもらっている。左沢が髪にジェルをつけて整える。マルコーニが座ったまま『ヴォラーレ』を歌う。うるさい。
……合図があった。廊下に出る。すでに熱気がここまで伝わってくるようだ。
両チームのスターティングメンバー22人がキャプテンを先頭に2列に並ぶ。オランダのキャプテンは見上げるほど長身のGKだ。
ユニフォームは両チームともホーム仕様。日本が青でオランダがオレンジだ。オレンジなのは旧国旗の配色あるいは王家の名前に由来するそうだ。
……験を担ぐ意味でこれまでどおり俺は列の最後尾に加わる。俺の一つ前は近衛だった。
横を見る。これまでのオランダのゲームを観て1番注意すべき相手がそこに立っていた。
オランダの17番がきれいな英語で話しかける。「最後の試合なんだ。いいゲームにしよう」
「いいゲームになったらな」と俺は答える。
「いやなるよ。お前は1度俺を倒している。もちろん覚えてないだろうけどさ」
大槌が振り返ったが英語を聞きとれなかったようだ。近衛をのぞいて他の選手も同じ。受験英語よありがとう。
「カズツグ・クラキだろう」
「倉木一次だ。ちゃんと姓を先に読めよ」
「5年前、フランスで同じ大会に出場している。ガンズ大阪が優勝して俺のアムステルダムはベスト4止まりだった」
「そんな太古の昔のことは忘れたな」
17番は笑った。
近衛。「今日も同じ思い出をつくってもらおう。今日もお前は倉木のいるチームに勝てないで終わりだ」
17番は滑らかな英語を使う。「終わりなのはどっちにしろだよ」
「どういう意味だ」と近衛。
「俺は病気なんだ。これ以上サッカーは続けられない。この大会でサッカーを辞める」
「……そんなことどう証明するんだ?」
「できなくたっていい。これは本当のことだ。今日が人生最後の試合になる。ナイスゲームを期待して何が悪い?」
……話は終わったようだ。17番は前方のチームメイトらと話を始めた。
近衛と眼をあわせる。他の日本選手は相手選手との会話を聞きとれなかったようだ。
俺たちは英語で話をする。聞かれることは得策ではないように思えたからだ。有村が不思議そうな眼で俺と近衛を見る。
「信じるか?」と俺。
「そんなことどうでもいい。虚言にしてはどうでもいい情報すぎる。こいつが死にかけだろうが試合で手を抜いたりはしないだろう?」
「そのとおりでございます」イグザクトリー。
「発音ヘタだなお前」
「黙ってろ」ファックユアセルフ。「相手が子供だろうが女だろうがじいさんだろうが俺は手ぇ抜かねえよ。あいつがラストゲームだっていうのがブラフでも俺たちには意味がない。あいつはただ自分の弱点を伝えただけだ……ところで名前はなんだっけ?」17番の。
「……ヨハンだよ」