生還
『3人の仕事』
最初はショートパスをつなぎ、ウルグアイ選手を走らせこちらの体力回復をはかろうとしていたのだ。
しかしウルグアイのプレッシャーを上手くかわし続けるなかで、徐々に「これはいける」という意識が日本選手のなかに芽生えていった。フィールド右寄りでビルドアップされ、ウルグアイ守備陣は深い位置まで押しこまれた。
金井、鮎川、志賀、逢瀬とつながりゲームメイカーの有村がボランチの前でパスを受けた。
有村は右方向に緩いドリブルをしかけ、あえて志賀が見えない方向に体をむけ、それから体をコマのようにひねり、その回転力も使って自分の左斜め後ろ方向にいた志賀にめがけ、DFとDFの間にボールを通すスルーパス。
ゴール前で無数に発生していた可能性の中からもっともゴールに至る可能性が高いプレーを見つけだし、もっとも難易度の高いパスを成功させた。この決勝点のアシストのアシストで確信できた。大会最高のトップ下はこいつだ。
これが有村コウスケの仕事だった。
志賀は1度DFの裏をとる動きを見せた。しかしそのタイミングで味方からパスはこず、志賀はオフサイドポディションで立ち止まる。そうすることでそのゾーンを担当する右サイドバックは目を離しボールを持つ逢瀬の姿に目を奪われる。
さらに逢瀬が有村にボールを預けDFの背後に走る。パスはこない。逢瀬はペナルティエリア外へ引き返した。
最終ラインが上がる。その動きにあわせ志賀がゴールから離れる。ウルグアイの最終ラインに並んだ。同時に有村のラストパスが走ってきた。
有村がパスを出した瞬間、すべてのウルグアイ選手は志賀劉生を意識できなかった。志賀はペナルティエリア内左でボールをトラップ、ビッグチャンスを迎えることができたのだ。
これが志賀劉生の仕事だった。
金井についてはいうまでもない。
右サイドバックの金井が4バックの眼前を横切り志賀にむかって駆け寄った。
これはつまり、有村が右サイドの鮎川を使わず志賀へのスルーパスを狙っていることに気づいていたことを意味する。チームメイトの思考に追いつき、志賀の難しい1対1を1対2にすることをに成功した。
金井のシュートはもっとも難易度の低いものだった。しかしあそこに走らなければ志賀のパスだってなかったのだ。
これが金井侑一の仕事だった。
『後半38分』
残り時間は7分とアディショナルタイム。
(追いつかれるどころか勝ち越しを許すとは……)。
ウルグアイ選手はみんな顔が青ざめている。こんな展開は鹿野が退場したあのとき想像すらしていなかっただろう。
ウルグアイのボール。
ピッチの右サイド、センターライン上からフィールドを斜めに飛ぶロングパスだ。
左に流れたウルグアイの13番がコーナーアーク近くでトラップに成功。鮎川が長い距離を走り追いついた。
13番は角度が広いマイナス方向のドリブルを選ばず、ゴールラインにむかって突っこんでいく。ゴールライン上でボールを止め真横にターン。しかし金井が体をぶつけ倒した。
日本の現在の狙いはゴールの横でゲームを止め、空中戦で勝る現在のメンバーの長所を活かすことだ。鮎川、逢瀬、大槌とゴール前の高さでは圧倒的に日本が勝っている。
直接ゴールが狙える角度ではない以上、ウルグアイのセットプレーにゴールの臭いはしない。そのことがわかっていたウルグアイの13番は、主審の笛と同時にボールをセット、ペナルティエリア内の味方にパスを入れようとしたが、あっけなく大槌にカットされる。
『指向』
どうしてウルグアイがリードを許しているのか、それは……。
彼らが常に現実的なサッカーを志していたからだと思う。大会のスコアを参照したら少しは理解できる。ウルグアイはグループリーグからベスト8まで、すべての試合で1点差あるいは同点の接戦を演じ続けてきた。というよりも……。
このU-17ウルグアイチーム最大の成功体験は南米予選でブラジルチームを退けたことだ。
あの試合、ウルグアイはリードしつつも圧倒的にブラジルに攻めこまれた。それでも無失点で勝利したことが彼らの自信につながり、本大会でも同じような試合展開で勝ち進むことを望んだのだろう。
ウルグアイは守備の練習にかなりの時間を注いでいる。きれいに一列に並んだ最終ライン、声の出るGK、センターバック2人、判断ミスのないボランチ……。
対して日本は攻撃の練習に時間を費やし続けてきた。守り方については前日練習で最低限の確認がなされる程度だった。そんなメニューが組めたのは逢瀬、近衛といったスーパーなセンターバックがチームに現れたからだ。試合ではボールを保持し続け、数少ないピンチは2人のセンターバックと空気の読めるアンカーの才能に任せる場面が多かった。
前半、日本が2人を失ったため、ゲームを支配するのはウルグアイのほうになった。両チームが想定していた『日本が人数をかけパスを回す攻撃、ウルグアイがそれに耐えながらカウンターを狙う』という試合展開は以後一切発生しなかった。11人のウルグアイが攻め日本が守るという奇妙な展開になった。
日本は工夫を凝らし9人で長い時間守った。対してウルグアイの人数をかけた攻撃は……どことなくコンビネーションがぎこちなかった。フィールド中央で隙をつくれば逢瀬が飛んでくる。結果攻撃はサイド一辺倒となり、ゴール前にはいったボールはDFが跳ね返し続けた。
『後半41分』
ウルグアイが右サイドからロングクロス。これを近衛が触りペナルティエリアから逃がす。
そのボールを逢瀬が頭でつなぐ。
有村から走りだしていた11時方向のの志賀へ。
志賀はともかく前へまえへ。前方のスペースにボールを飛ばし追いつく。疲れの見えたボランチをふりきった。戻った右サイドバックに追いこまれた。コーナーアーク近くまでボールを運びキープしようとしたが体を入れられ奪われる。
斜め前のセンターバックへパス。そのボールも追いかける。ピッチを横断し相手にルックアップさせる時間をあたえない。ウルグアイのDFは結局適当なボールを前に蹴りこむしかない。
1メートルの距離に、1秒の時間に今は万金の価値がある。1人を退場させたとはいえまだ日本の出場選手のほうが少ないのだ。少しでも味方を休ませ、残り時間を減少させ、日本ゴールから離れた位置で試合をさせたい。
『フィールドの深さは』
ハーフタイム、青野監督の指示より抜粋。
「再放送だけど何度でも話させてもらおう。中盤の守りでは深さが大事なんだ。日本はDF4人、MFが4人並んでいる。相手が4人のMFのうち誰かの前でボールを持ちパス、ドリブルでチャンスをつくろうとする。では日本はどうするか? ボールサイドにいる選手、これをAとしよう。Aがボールにチャレンジしないといけないね。相手に前をむく時間をあたえてはいけない。なら次善の策として、相手はAが動いてつくったスペースを使いにくるはずだ。その相手のプランをさらに上回るためにはそう、もちろん隣の選手が背後をカヴァーしなければいけない。パスコースを切ってボールをもった選手を囲みに行こう。大事なのは選手じゃなくてボールだ。ボールを奪えれば、日本ゴールから遠ざけることができればそれだけでもこちらの成功だ。中盤でボールを奪う。そのための『駒の配置』は僕がやらせてもらう。全員死ぬ気で走ってもらうからそのつもりでね。最終ラインについては近衛に一任する」
『アディショナルタイム』
この試合、青野さんの声を聞かない時間はなかった。
もう何十分も前から声がかれている。きっと一生忘れられない声だ。
アディショナルタイムはまもなく経過するだろう。
中盤浅い位置でウルグアイの選手がドリブルでボールを運ぶ(有村が『チャレンジ』、逢瀬と鮎川が右後方で『カヴァー』)。ドリブラーは前方の味方を壁に使う。リターンをもらおうとしたその選手の進路を防いだ有村がファウル。
主審の目の前だ。
逢瀬が言っていた。「主審は決してウルグアイの贔屓はしていない。カードを出したがる審判だが決して恐れることはない。人数が少ないこちらが狡猾にふるまうのは当たり前のことだ」
笛を鳴らしたが有村にとがめはなかった。ウルグアイのFK。おそらくこれがこの試合ラストプレー。
攻めるウルグアイからみてやや右寄り。直接を狙うには遠すぎる。鮎川ならありえないでもないが……。
マルコーニが壁をつくらせる。俺とキャプテンと有村。相手のGKが上がってきた。
直接はない。
かといって味方にあわせようにも角度的に難しい。
キッカーのボランチは左サイドに流れた選手を使おうとする。
だが長い助走から蹴られたFKは精度を欠く。
背番号20が足をもつれさせ遅れた。タッチラインを割ったボールを蹴る。その瞬間主審が腕を真上に挙げ、
長い間待望していた笛の音を鳴らしてくれた。
人数で勝っていたウルグアイが走り負け、
初めて先制された日本が逆転勝ち。
スタンドは日本のホームになっている。総立ちの観客が諸手を挙げ地響きのような声が押し寄せる。そのことに今気がついた。試合中は味方とベンチの声しか聞きとれなかったから。
倒れ伏せたウルグアイ選手を見下ろしながら、しかし俺は喜べない。喜ぶ気力もない。腰に手をやりチームメイトを見回した。
フル出場組のなかで1人ただ元気な逢瀬が叫ぶ。「次だ! 次の試合で勝たなければ意味がないんだよ!」と。
「わかってる。わかってるよ」
準決勝結果
日本2-1ウルグアイ
アルゼンチン2-6オランダ
決勝
日本対オランダ
3位決定戦
アルゼンチン対ウルグアイ
3位決定戦結果
アルゼンチン3-0ウルグアイ