志賀劉生その6
後半38分。
ウルグアイ選手のミドルシュートが大きく外れた。
日本のゴールキックで試合再開。
FWが引いたことを確認し、マルコーニが転がすパスで近衛に送る。近衛は右横の有村へ。(有村は2人のセンターバックの間に降りてきている、両センターバックが大きく開いていた)。
有村、近衛、有村とパス交換を繰り返す。ウルグアイのFWが近づいてきた。
2人の前方で俺が声を出す。(左サイドバックの俺が有村の前方でプレーする)近衛が俺にパス。
俺は右サイドバックの金井へ。金井は大槌へバックパス。大槌から俺、俺からダイレクトで金井へ。(少しずつポディションが上がってきた)。
少ないタッチでボールが走っている。1人がボールを保有する時間が身近蹴れば、守るウルグアイは的を絞れない。
金井から俺へ。前を向いたが鮎川がボールをもらいにこない。俺は大槌へバックパス。
大槌、有村。有村が鋭い縦パス。下がってきた志賀へ。ヴァイタルでトラップにまごついた志賀は俺にバックパス。俺は20番に背中を押された。倒れるそぶりをみせると20番はファウルを嫌がり離れる。俺はボールをキープ。
右横の逢瀬にパス。逢瀬から大槌へ。(センターバックがハーフウェーラインを越えた)。
大槌が右サイドのタッチラインに沿って縦にパス。金井が受ける。ウルグアイの13番がここまで追いかけてきた。
金井は真横にドリブルしてから左足で横パス。(DFに追われた)鮎川がヒールで背後の志賀へ。50センチの誤差が生じた。志賀は奪われかけたがスライディングで逢瀬にバックパス。
流れのなかでここまで逢瀬が上がるのは初めてだ。
起き上がった志賀がDFの背後に走る。しかし逢瀬からラストパスは出ない。
やや左寄り、ゴールから30メートル離れた位置で逢瀬がボールを有している。ウルグアイは4バックが横1列に並ぶ。ボールホルダーにチャレンジする役割はその手前にいるMFの仕事なのだろう。
逢瀬の前方には志賀、斜め右前に鮎川と金井と合計3人の味方。そしてGKと7人のフィールドプレイヤーの敵がいる。
逢瀬から右横の有村へ。有村は鮎川を、2時方向の鮎川を見ていた。(それに対応するためウルグアイ選手全員が重心を左足に移す)。
逢瀬。(パスアンドゴーで左斜めに走る。有村からのリターンはない。しかしDFラインが俺を追いかけ下がった)。
志賀。(有村は右横を向いている。190センチの鮎川の高さを活かすのか? 鮎川に浮き球のパス、DFに競り勝ち落としたボールを金井がシュート?)。
鮎川(いやそれはない。この近距離で高いボールを出されてもコントロールなんてとても無理。有村にもそれはわかっているはず。あの子の選択は)。
有村(体を右にひねり死角になっていた方向にパスを出す。この位置からノールックパス。鮎川ではなく志賀へ。DFは1秒だけフリーズする。その1秒を)。
志賀(俺は大事に使わなければならない。有村のキックのフォームと俺の動き出しは完全にシンクロする。最終ラインを越える。オフサイドにはならない。右横にスタートで遅れをとったDFが迫ってくる。ボールの回転が見えた。1度バウンドして伸びてきた難しいパスを右アウトサイドでトラップ。オフサイドの笛はない。ゴールエリアにむけ突っ走る。DFがさらに近づく。GKが体でシュートコースを潰している。ゴールのポストにむかってドリブルせざるを得ない。俺は、そう、俺は倉木に教えられたあのシュートを思い出す。もう何度も練習したあのコース。反応しにくい肩の上を狙えと。だがこの状況で使えるのか? しかも左足でなければ撃てない)。
逢瀬(裏に抜け出したのは志賀だけじゃない。志賀にむかって叫ぶ。「パスだ!」)。
金井(志賀のパスがGKの横を抜ける。キーパーの左足が反応しかけたがボールには触れない。もうどうやっても決まる。背後のDFはもう足を止めかけている。無人のゴール。ゆるいパス。俺は転がるボールに体を倒し、左足で丁寧に、確実に触れ、ゴールど真ん中に流しこみ、ネットに収まる様を楽しんだ……)。
日本
2-1
ウルグアイ
スタジアムが今、揺れている。
声の波に押しつぶされそうになった。スタンドで強くふられる何十もの日本国旗。何万人もの叫びが今ウルグアイゴール前の日本選手たちに注がれている。
金井が志賀に跳びかかっていた。俺は歩きながら日本のゴールにむかって引き返す。飛びだしてきたマルコーニとハイタッチ。近衛はクールにきりかえろ、と。大槌は腰の位置に握り拳をつくり意味もなく何度かうなずいた。
俺たちはすでに2万人余りの味方を手にいれていた。22本ものパスをつなぎゴールからゴールへ線をつないでみせたのだ。
このゴールのダメージは、俺が決めた同点ゴールよりはるかに思い。俺のゴールが証明したのは俺個人の能力にすぎない。
金井の勝ち越しゴールはチーム全員が関わって決めた日本のチーム力の証左。守備を完全に崩し決めたことで、ウルグアイの威信を完全に打ち砕いた。
近衛。「にしてもできすぎです。あそこまで上手く崩せるとは」
大槌。「9人なのによくあそこまで走れるしよ」
俺はふりかえり。「知らないの? 手負いこそが最強なんだよ。有村も鮎川も逢瀬も本気出すのが遅すぎるくらいだ。おんぶだっこされてた俺の身にもなってくれよ」
近衛。「いや、本当にそう思いますよ」