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攻防

 試合の合間、近衛が疲弊したチームメイトに語り掛ける。「大和魂だよ……」


 佐伯がつっこむように。「お前が精神論かよ」


 近衛。「じゃあどうやって9人対11人で勝負になってるんだよ。佐伯、戦う男の顔をしろ。根性で勝つんだよ根性で」


 逢瀬が悪態をつく。「わかってる。わかってる!」


 近衛。「さっきから最悪のゲームじゃないか。だが勝機はある。僕が今にひっくり返してやる。見ていろよ」




 後半17分、ウルグアイの遅い攻撃。


 ボランチが右サイドバックを走らせるパス。左サイドバックの志賀が対応する。

長いパスにもつれあいながらゴールラインに足から突っこんでいった。どちらも間に合わず日本のゴールキック。

 マルコーニの早い再開。右サイドを上がっていた鮎川に山なりのパス。

 今この時だけフリーになっている。左足インサイドで上手くトラップし前をむく。

 俺が左斜めに走り右サイドへ。起き上がったばかりの志賀が左サイドを走り始めた。

 鮎川をマークするボランチの背後に有村がいる。

 鮎川はドリブルでハーフウェーラインを越える。

(有村が歩いている)。俺をマークするため右センターバックが外に釣られる。

(有村が歩いている)。志賀が左サイドバックのマークをふりきった!

(有村が歩いている)。志賀をマークするためにウルグアイの右センターバックがスペースをつくった。

(有村が歩いている)。その有村をマークするためボランチが最終ラインにはいろうとした、

その瞬間鮎川が有村へスルーパス! 有村が2秒前に走りだしている!

 トラップの瞬間ボランチが体をぶつける。だが有村は倒れない。チーム最高のプレースキッカーである有村が主審の笛を欲しがらない。

(ここは……)

 流れのなかで決めにいく。左足でゴール左隅を狙った。

 だが後ろから回りこまれシュートブロック。シュートまでワンタッチ多かったか……。



 日本は人数をかけて攻撃している。走らなければ人数差を埋めることができない。攻撃・守備共に全力で走り続けている。

 独力でシュートまでいける選手は俺だけだ。他の選手は2人3人のフォローがなければチャンスをつくりだせない。日本のターンをつくりだすためには2本足の身で馬のように草原を駆けなければならない。



 試合は止まっていない。GKの蹴りだしたボールがウルグアイの右のウィングに渡る。

 深い位置から速い運ぶドリブルだ。嫌な流れだ。日本は4人が攻撃参加している。残り5人で守りきれるかはわからない。全員が全力で帰陣する。

 ハーフウェーラインを越えたところでウィングがサイドチェンジ。ボールは左サイドの10番に。

 金井が時間をかけさせた。日本の18番は途中交代で疲れが少ない。もう少しで俺も元のポディションに戻れる。

 10番は攻撃に人数をかけたがっていた。ガレアーノに加え2人の選手がペナルティエリア内に侵入している。

 10番からサイドバックへ(ゴールラインぎりぎりまで深くえぐられている)、サイドバックが短いマイナスのパス。(センターバックがもうゴールエリアの中にはいっての守備)。

 ここまで走ってきたボランチがボレーシュート!

 これを逢瀬が投げ出した足で止め、

こぼれたところをガレアーノが続いてシュート!

 しかけたところをここまで戻った有村が横から奪いとり、

有村から奪い返したガレアーノが再度シュート!

 だがマルコーニが左手一本のストップ。ウルグアイは絶好のチャンスを逃した。



 ウルグアイはゴール前に放りこみ始めた。この20分、コンビネーションに頼らず単純で原始的な攻撃に終始している。

 それがなぜかといえば、近衛がまだセンターバックでプレーしているからだ。近衛はパスカットの天才。パスだけではなくトラップが少しでも大きくなれば足が飛んでくる。

 ウルグアイからすれば近衛の近くで味方を使ったプレーができないことになる。だからゴールから離れた位置から長いパスを送り、近衛のその能力が使えないパターンで攻撃せざるを得ないのだ。

 だが『前線に長いボールを入れる』という相手の攻撃パターンが予測できるなら、日本は逢瀬を最終ラインに入り、その高さで相手を制することができる。



 近衛がドリブルでペナルティエリアを抜け出した。前方にウルグアイ選手はいない。そのまま30メートルゲイン。

 カウンターの応酬になる。左前方に志賀、前方に俺、右に鮎川が走る。

 近衛は志賀へ速い縦パス。志賀はヒールで俺にリターン。志賀はすぐさま前方に駆け、手でパスを要求する。

 俺は志賀へは出さない。ここで出してもチャンスにはならない。

 相手が潰しにくる。俺は右足でトラップ。外へ逃げると見せかけ内側にターン、左足を強く踏みこみ、右足で外側へボールを逃がす。ボランチが腕を伸ばしたが捕まらない。

 さらにアウトサイドでボールを蹴る。右斜め前へ。もう一人のボランチが捕まえにきた。

 サイドバックの志賀が最前線に。これも人数差を補うための監督の指示だ。FWの不在をサイドバックの攻め上がりで補う。

 3人のDFに囲まれた志賀にパスをしても意味がない。普通なら。

 主審のフョードルが俺を追い越していた。攻撃がやや遅くなっている。これ以上時間をかけたら奪われる。

 俺は前方を見やる。

 相手の重心を探れ。逆を突けば志賀へのパスはカットされない。

 俺の狙いは……。

 バックステップし着地した瞬間の主審・・

 少しは役に立ってもらおう。この近距離なら避けることができない。

 試合中、審判の存在は石ころと変わらない。

 主審の足に当たったボールがこぼれる。志賀がその『パス』を受けとり真横にドリブル。DFをふりきりミドルシュートを放ったがGKの正面だ。



 ああそうだ、認めよう。俺は疲れている。

 日本が9人になって以降俺はずっと守備に追われている。そんななか数少ないチャンス、俺はすべての場面で走り尽し、あらゆるスキルをもちい相手を抜き去ろうとし、味方を使い味方に使われ精根尽き果てた。持久走と短距離走が嫌な具合にまざりあい俺の筋肉と肺腑は消耗している。それこそもうこの時間で2試合分の体力を使い果たしてしまったかのように思えるほどに。

 後半19分。世界一を自称できる俺のサッカーの才能は、ただ時間稼ぎのために使われている。ウルグアイが2点目を決め試合を決着させるその時を先延ばしにするために。日本の反撃を少しでも相手に恐れさせるためだけに。



 志賀が大急ぎで戻っていく。無人のゴール前、ウルグアイのGKは左サイドバックの3番へ長いスローイン。当然フリーだ。俺と鮎川はむなしくその背を追いかけていくしかない。

 3番からウィングに縦パス。たまらず有村が飛びだす。

それを見てウィングは1時方向の3番にリターン。3番はペナルティエリアの隅にいる10番に強い横パス。

フリーの10番がスルー! ボールはその延長線上にいるもう1人のウィングへ。

(近衛にマークされた)ガレアーノもスルー!

 ボールはウィングへ。トラップが大きくなったがその分背後にスペースができる。逢瀬もカヴァーしきれない!

 そのスペースをガレアーノが使う。ウィングのヒールパスがラストパス、ガレアーノと同時に、

 近衛が触る。この流れを読みきり後ろから左足を突きだした。

 ガレアーノは諦めない。ゴールエリアに転がったボール、倒れたまま零距離から押しこみにくる。

 佐伯がカヴァーにはいっていた。ガレアーノに蹴られながらボールをキープ、左のサイドラインにむかってボールを蹴る。戻った俺がボールをつなぐ。

 佐伯のポディショニングセンスはセンターバックに入っても健在だった。『いて欲しいところにいる』のがこいつの最大長所。痒いところに手が届く。

 これでカウンターの応酬は止まり、ウルグアイおよび日本のチャンスは共に潰えた。




 ウルグアイ選手がイラついている。何故試合を決められない。とっくに追加点が入っていておかしくない時間帯。40分近く日本は9人で戦っているのに、連中はまだ走れる。チャンスの数は同等。このままじゃどこかで同点に追いつかれかねない。

 そう、このままスコアが動かなければウルグアイが決勝に進出する。日本はもう交代枠を2つ使っている。焦る必要などないのだ。時間が経過すればするほど有利になるのはウルグアイのほう。

 しかし。

 日本は精神的に有利に立っている。超不利な立場にあって、日本の選手は誰一人とて諦めていないという姿勢を相手に見せつけることで、ウルグアイの選手に恐怖心を植えつつある。



 しかしついに、限界を迎えた選手がいる。佐伯だ。長いボールを蹴ったあとついに倒れた。右足が痙攣したようだ。慣れないセンターバックの役割に奮戦してくれた。このままではプレーできない。ベンチが最後の交代枠を使うようだ。はいってくるのは……。

 ともかく俺はボールをサイドラインの外へ出す。近寄ってきたウルグアイの2番に手を見せてからボールを外に出す。主審が許可を出し担架がフィールドの中に入ってくる。

 俺は自分の意志でボールを外に出した。ウルグアイ選手はスローインでボールを日本に返してくれることになる。


(やるなら今しかない)、そうガレアーノは思う。


(やるなら今しかない)、とう近衛類は思う。


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